秋の夜長
 秋の風が吹き始める、10月。周りの木々の葉も少しずつ赤くなっていく頃。
 そんな時期に、天の青龍であった、頼久の誕生日がやってくる。
 今年は都合がいい事に、土曜日にあたる。
 頼久があかねの世界にやってきてから、毎年頼久の誕生日は二人でお祝いをしているが、学生であるあかねにとって平日にあたると、一緒に過ごせる時間が短くなってしまう。
 今年は、あかねも大学生の為、土曜に講義は入れていない。その分、他の日の講義で単位数を賄わなければならなかったので、結構忙しい学生生活を送っているのかもしれない。
 卒業までの4年間で、必要な単位数を取ってしまえばいいのだから、今必死に単位を稼ぐ必要はないのだが、平日は頼久も仕事の為、あかねが授業を終わらせても、まだ時間が余ってしまうのだ。
 頼久も今年は、わざわざこの日に合わせて休暇を取っている。しかも、夏に取れなかった休暇をこの時期にずらしているのだから、長く二人で過ごす事が出来る。
 あかねは土日とかけて、遊園地に行きたいと願った。
 10月。丁度ハロウィーンの催しで、遊園地も賑わうのだ。それに、2日かけた方が、いろんな所を回れる。遊園地近くのホテルも、予め予約しているので、遅くまでめいいっぱい遊べるのだ。


 そして、誕生日当日。
 あかねは早起きして、頼久の家へと赴いた。
 いつもより早い時間についたのだが、毎度の如く頼久はきちんと着替えを済ませ、あかねを出迎えた。
 たまには寝起きを見てみたいと思ってはいるが、どんなにあかねが頑張って早起きしても、頼久はとうに起きているのだ。
 そして朝食を頼久の家で済ませると、頼久の運転する車に乗って、目的地の遊園地へと向かった。


 流石に開園直前に到着したが、土曜日という事と、会社によっては3連休の初日ともあって、遊園地は人で溢れていた。これは、やはり1日だけでは回りきれない。これでは予約したホテルも満室になっている事だろう。荷物を車に置いておくと、早速遊園地の入り口へと向かった。


「頼久さん、ジェットコースター行きましょ」
 あかねはあのスリル感が好きだった。いつも遊園地に行くと、真っ先にジェットコースターに向かう。幾ら待ち時間が長くても必ず乗るのだ。頼久も、最初に乗った時は、あまりの速さに驚きはしたが、慣れてしまえば怖いものではなかった。だからこそ、あかねが何度乗りたいと言っても、それに付き合う事が出来るのだ。

「次は、どれに行こうかな」
 ジェットコースターに乗れて、ひとまず満足したのか、あかねは遊園地の案内を手にしながら、次はどこに行こうかと悩んでいる。この期間のみのアトラクションやショーもあり、時間も決まっている物もある。それに間に合うように回るには、あっちを先に行こうか、それともこっちに行ってからの方がいいか、とご機嫌な顔で歩いている。
 悩んではいるようだが、大体目当ての物は決まっているのか、地図というよりアトラクションの時間や説明のページをあかねは見ているのだ。
 これでは、どっちの誕生日のお祝いだか、わからないくらいだ。


 いくつか目当ての物を回った後、あかねのお腹がクゥ〜っと鳴った。
 あまりの楽しさに、お昼を食べるのも忘れていたようだ。時計を見ると、もう13時半を回っている。頼久も声をかけなかったので、お昼の時間を気にしていなかったようだ。
「では、少し遅いですが、お昼にしましょうか。混雑の時間は過ぎているようですから、それ程待たずに食べれそうですね」
 頼久は噴出しそうになるのを抑えながら、言った。
 あかねはちょっと恥ずかしそうに苦笑いした。

 お昼も食べた後、また園内を回り始めた。
 ほとんど、いや全て、あかねの希望どおりに園内を回っている。頼久も遊園地は初めてではないのだから、行きたい所とかもあるのだろうに、自分の希望は述べてはいなかった。
 その事にあかねが気付いたのは、日も暮れて、ナイトパレードが始まろうとしていた時だった。
「そういえば、私の行きたい所を回っちゃいましたけど、頼久さんはどこか行きたい所はなかったんですか?」
 あかねはすこしバツが悪そうにしていた。今日は頼久の誕生日で、頼久の希望を叶えてあげようと前々から思っていた。だが、頼久が何日か纏まった休暇が取れた事で、あかねがどこかに旅行に行きたいと言い出し、たまたまそう話していた時に、この遊園地のハロウィーンの催しが書かれたポスターを見てしまい、結局行き先が遊園地に決まってしまったのだ。
 それでも、頼久は何の文句も言わなかった。頼久にとって、あかねと一緒であれば何処でも場所は構わなかった。
 だがそれをあかねに伝える事はしなかったし、伝えようとも思わなかった。
 別に気を使っている訳でもなかったし、あかねが幸せな事が、頼久自身の幸せに結びついているのだ。わざわざ言う必要もなかった。
 だがあかねは、頼久が言ってくれなければ、その事が伝わらない。こうして毎回出かける度に、後々でこうやって頼久に聞いてしまうのだ。
「あかねが行きたい所に行って構わないのですよ」
「でも…」
「貴女の傍にいて、貴女の笑顔を見られる、それで私は充分幸せなのです。あかねが気にする必要はないのですよ」
 頼久は嬉しそうに、あかねの傍に寄った。あかねも頼久の笑顔が見られると、それだけでも嬉しかった。
「そろそろパレードが始まりますね」
 周りが賑やかになりだし、パレードの始まりが伝わってきた。日も沈み、パレードが近づいてくると、飾りの電光であたりは明るい光に包まれていた。
「っくしゅん」
 その時だった。あかねは軽くくしゃみをした。そう言えば昼間はまだ日差しがあったので温かかったが、今は日も沈み、少し肌寒い位だった。秋になったとはいえ、今日は少し気温が上がると予報で言っていたので、あかねは少し薄着で来ていたのだ。
 頼久は着ていたジャケットを少し開け、自分とジャケットであかねを包み込んだ。
「頼久さん?」
 後ろから頼久に抱きしめられ、顔は頼久からは見れなかったが、あかねは耳まで赤くしていた。
 突然の頼久のこういう行動に、あかねは未だに慣れていないのだ。ましてや、人だかりの中である。余計に恥ずかしさが増していた。
「これで寒くないですか、あかね?」
 頼久は恥ずかしくもなくこういう事を行う。自分をそれだけ想ってくれているのが、あかねにはとても嬉しかった。
 あかねは振り返らずそのまま、軽く頷いた。頼久もそれに満足して、そのままパレードが終わるまであかねを抱きしめていた。


 パレードの最後尾が通り過ぎ、あかねが頼久から離れようとすると、あかねはふと後ろの髪を引っ張られた。
 どうやら頼久とくっついていた事によって、あかねの髪が頼久のシャツのボタンに絡まってしまったようだ。
 頼久は何とかして、髪の毛を解こうとしているが、あまり器用でない頼久の指は、なかなか髪を解く事が出来ない。その事に気付いたあかねが、バックの中から携帯用の裁縫用具を取り出した。
「いいよ、頼久さん。髪の毛くらい、切っちゃえば平気だから」
 ちっちゃな鋏を取り出すと、頼久に渡して切ってもらおうとしたあかねが、その後すぐに髪の毛の引っ張りがなくなった。ようやく解けたのだとあかねが振り返ると、どうやら自力で解いたのではなく、シャツのボタンの方を切ったようで、シャツの胸の辺りのボタンが一つ取れていた。
「シャツのボタンを取るんだったら、髪の毛くらい切っちゃってよかったのに」
 あかねがボタンが取れたシャツを見て、そう呟いた。
「あかねの綺麗な髪を切るなどと、そんな事は出来ません」
 頼久は何の躊躇い等なく、そう答えると更に言葉を続けた。
「シャツのボタンなど、付け直してしまえばすぐに直ります。ですが、あかねの髪を切ってしまえば、なかなか元には戻りません」
「そんな、たった一房の髪の毛くらい気にしなくたっていいのに」
「一房でも、あなたの髪の毛に変わりはありません。それに、私が嫌なのですよ。貴女の髪を切るのが」
 頼久の言葉にあかねは顔を赤くして頷き、その後顔を上げると、周りの事等気にせず軽く頼久にキスをした。
 あかねからのキスは、例え触れるだけだったとしても、初めての事だったので、頼久は顔を赤くして今日一番の笑顔であかねを抱きしめた。


 まだまだ、今夜は時間がある。
 秋の夜は、二人の時間を早める事は出来なかった──。
《終わり》

勢いで書いちゃいました。頼久生誕創作。何気にキャラ生誕創作って初めて?と思ったりもするのですが、こういう時現代バージョンを書ける遙かっていいなあとちょっと思ってしまったり。ラブラブ、甘甘を目指してみたんですが、如何でした?
最近切ない話を考える事が多かったので、自分でも甘さ控えめになってしまったような気がします。バレンタイン創作の方が甘かったかなー。
友達のサイトでの(一人)頼久生誕祭りの勧誘に応じて、書いてみたりしちゃったんですが、これで参加資格はあるのでしょうか。
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