自分の好きなもの
「今日は、自分の好きなものを描いてみましょう」


 宿南心優が通う幼稚園の担当の先生は、クラスの皆に画用紙とクレヨンを配りながら言った。


「好きな動物でもいいし、好きな食べ物でもいいから、自由に描いてみてね」


 園児達は真っ白な画用紙を前に、何を描こうかと一生懸命考えていた。すぐに描き始める子もいれば、いっぱいありすぎるのか、どれにしようかな、と迷っている子もいた。先生がそんな光景を微笑ましく見ていると、エプロンの裾を誰かが引っ張っているのに気がついた。


 それは、心優だった。


「あのね、先生?」

「どうしたの?心優ちゃん」

「『好きなもの』って、人でもいいの?」

「いいわよ。心優ちゃんの好きな人って誰なのかなー?」

「へへ、内緒」


 心優は満面の笑みを浮かべると、急いで自分の机に戻った。
 先生は内心、「おませちゃん」と思いながら、他の園児達を見回った。


 自分の家で飼っているのか、犬や猫などのペットを描く園児も少なくない。大好物のプリンを描いている園児もいる。画用紙いっぱいに灰色のものが描かれている園児の所に行ってみた。長い鼻が描かれてあるのを見て、どうやら先日の日曜日に家族で動物園に行ったと嬉しそうに話していたのを思い出し、微笑ましく感じる。


 心優は先生が近くに来るのを感じると、小さな体全体で画用紙を隠してしまう。それでも隠しきれてない所為か、画用紙の端っこが見えているのだが、幼い園児は園児なりに一生懸命隠しているのだろう。先生は「出来上がったら見せてね」とだけ、声を掛けると他の園児達の所へと足を運んだ。


 ある程度の時間が経つと、出来上がった園児も出てきて、嬉しそうにその絵に対して先生に説明してくる。気がつくと、先生はたくさんの園児に囲まれる次第となった。


 一人一人話を聞いていると、心優だけがまだ時間を掛けて描いているようだ。
 描きあがって先生に報告し終わって満足した園児達が、他のおもちゃで遊び始めた頃、ようやく出来上がったのか、心優が画用紙を持ってやってきた。


「先生、描けたよ」


 そう言って差し出された画用紙に描かれていたのは、手を繋いだ二人の大人の男女と、女性と手を繋いでいる小さな女の子。
 お父さんとお母さんと、心優なのだろう。3人とも嬉しそうに笑っている。


「心優ちゃんは、お父さんとお母さんが大好きなんだね」


 先生がそう聞くと、心優はとても嬉しそうに答えた。


「心優、ね、最初パパとママを描こうと思ったの。でも、パパとママは、心優の事も大好きだから、一緒に描いちゃった」


 そう言って、軽く舌を出した心優はとても可愛かった。
 それを聞いていてふと何かを思い出した先生は、心優に尋ねた。


「心優ちゃん、お兄ちゃんは描いてあげないの?」


 そう、心優には今は卒園したお兄ちゃんがいるのだ。
 先生の言葉を聞くと、心優は少し悲しそうな顔をした。


「あのね、お兄ちゃん、心優の事苛めるから、嫌いなの」


 俯きながら言う心優は、「でも…」と何か言いたそうだった。
 先生は更にしゃがんで、心優の目線に合わせると、続きを話してくれるのを待った。


「お兄ちゃん、意地悪だけど、でも、好き」


 心優はちょっと悩んだ後、そう言った。
 心優の中にも、この絵から兄を除いたのは、ちょっと引っかかっていたようだ。


「じゃあ、ここにもお兄ちゃん描いてあげなきゃ」

「描かなかった事、お兄ちゃん怒るかな。また意地悪するかな」


 そう言う心優の声はちっちゃかった。


「大丈夫。だって、これから描くんでしょ。まだこの絵は出来上がってないんだから、お兄ちゃんも怒らないよ」


 先生のこの言葉で、心優は安心したのか、「続き描いてくる」と戻った。
 そして、嬉しそうにパタパタと音を立てて走ってきて、心優は画用紙を広げて先生に見せた。


 画用紙の中には、仲のいい家族が描かれていた。
《終》

すいません、長らくお待たせしてしまいました(滝汗)1111HITのキリリクです。○年越し?恐ろしくて、きちんと言葉に出せないです。
リクエストは単純に、「魏と美朱の子供(但し光以外で)が幸せな話」でした。簡単かなーと思っていたんですが、ふと思いついた話が、うまく表現出来なくて、ばっさり切って新しい話、と思っていましたら、これが出てこない、出てこない。そんな折、S様のお話読んじゃった所為か、余計に引きずられそうで怖くて、今までネタの神様が降りてきませんでした。でも、これでもかなり不安です。