それはあかねが、龍神の神子として京を救ってから、まだほんの一月位しか経っていない初夏のある日。 その日は昨日よりも蒸し暑く、あかねの希望で頼久と二人、涼みに来た桂川からの帰りの事だった。
 頼久は何かに気付いたのか、ふと足を止めた。
「どうかしたんですか?頼久さん」
「神子殿、とても素敵なものを見つけました」
「素敵なもの…、ですか?」
「はい。あちらを御覧になって下さい、神子殿」
 頼久が指し示したのは、桂川とは比べ物にならない位、小さな川だった。小川の周りは木々に囲まれ、聞こえるのはさらさらという川の流れるせせらぎと、時折木々の間を通り抜けるそよ風の音くらいだった。
 なかなか、あかねは頼久の言っているものが見つけられず、頭にハテナマークを飛ばしながら頼久に尋ねてみるが、「御自分の目で見つけられた方が…」と、教えてくれる気配はない。
 だが、少ししてようやくあかねは、頼久の見つけたものに気が付いた。
「わぁ、蛍ですね」
 川までそっと手を伸ばしているかのような枝の間を、数匹の蛍が飛んでいた。気が付いたら屋敷に戻る前に暗くなっていたのだ。しかも現代と違って京では、街灯などないので日が暮れると、かなり暗くなる。それでも気付き難い程、蛍の光は微かなものだったのだ。
「ちょうど見頃の季節です。まさか、こうして神子殿と一緒に蛍が見られるとは、思ってもおりませんでした」
「あの時は、いろんな事が初めてで、やらなきゃいけない事がいっぱいあって、きっといろんな事を見逃していたんですね。でも、私も頼久さんと一緒に見れて、とても嬉しいです」
「そのお言葉を聞けただけでも、光栄です」
「それに、私蛍を見るのは、初めてなんですよ」
「神子殿の世界には、蛍はいないのですか?」
「私の世界にいないというより、住んでいた町にはいなかった、っていうのが正しいかな。私の家って都会にあるから、蛍の住む環境じゃないから」
「トカイ…ですか?」
 頼久は聞きなれない言葉に、素直に反応してくる。
「あ、そうですね。なんて言ったらいいんでしょう…。京の都や内裏近辺みたいに賑やかな所、かな。でも実際には全然比べ物にならない位、栄えてるんですけどね」
「便利な反面、でしょうか」
「そうかもしれないですね。少しは自然を残そうとしてるとは思うんですが、それでも都会ではどんどん自然が無くなって。例え田舎に行ったとしても、ここみたいな自然には縁がないのかも」
 あかねは軽く溜息をついた。現代では、いや都会ではこんな光景はなかなかお目にかかれない。あかねは最初、京にきて不便さを感じたが、今ではこの情緒感を素直に感じている。現代の日本人が忘れかけている、和の心。それが自分達の住んでいる世界では、なかなか感じる事が出来ない。それ程までに私達は時間に追われているのだ。
「神子殿?」
 頼久は、あかねが溜息をついた後黙り込んでしまったのを、心配そうに見ていた。
「だから、ですかね。京に残って、頼久さんの元に残って、よかったと思えるのは」
 あかねは、他の八葉が見た事もない輝かしい笑顔で頼久を見た。
「また、こうやって蛍を見に来ましょうね、頼久さん」
「二人で、ですか?」
「はい、もちろんです」
 こうしてあかねの心に、蛍の情緒感は刻まれるのであった。そして、毎年毎年、この場所に蛍を見に来る二人の姿があったのは、言うまでもない。
<終>

友vあかのネタを考えていたのに、何故か初の遙か小説は頼vあかに。
仕事が終わって帰宅したら、家の近くの本当に小さな川の前で
両親が蛍を見てまして、その後も親子で蛍を探してました。
あっちにもこっちにもいて、思ったより多くの蛍を見つけました。
その最中も、私が「どこどこ?」と尋ね、
親が「ほらここだよ」と教えてくれては、少しずつ上流に遡って行って。
そんな際に、ふと書きたくなった頼vあかの小説。
なので、すごい突発的なので、変な所があっても見逃して下さいませ。

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