髪飾り

 春から少しずつ季節が移り変わろうとしているそんな時期。まだ風にも、春の優しさが見え隠れする位の穏やかな朝。友雅は、通いなれた土御門の館に足を向けた。

 屋敷の敷地内に入り来訪を告げると、先ず藤姫の部屋の前に通される。女房から友雅の来訪を告げられた藤姫は、すぐに部屋へと通した。

「お早いお越しですね、少将殿。神子様は只今支度中故、今しばらくお待ち下さいませ」
 藤姫は何時ものように、あかねの支度が済むまで、訪れた八葉の相手をした。
「いや、今日は神子殿の供として来たのではないのだよ」
 友雅は済まなそうに話した。
「では、如何為さいましたか、少将殿」
 藤姫は、不思議そうに友雅に返事を求めた。

「我が紫の、ご機嫌を伺いに」
 友雅は意地悪そうな笑みを浮かべながら答えた。だが、藤姫には何の事だか、理解できなかった。
「? でしたら、そちらの方の所に行かれたらどうですか?」
「ああ、やっぱり解ってはくれてないのだね」
「どういう事でしょうか?」
 どうやらまだ藤姫は理解出来ていない様子。
「目の前にいる愛しの紫は、余程ご機嫌が悪いようだ」
 友雅はわざと悲しげに言い、顔を蝙蝠で隠してしまった。
「え、ええええええええええ!!」
 ようやく気付いた藤姫は、顔を真っ赤にして大声を上げてしまった。その声に気付いた女房達が声を掛けてきたが、友雅が上手く言って引っ込めさせた。
「そ、そ、そんな事の為に、神子様のお供が出来ないと、仰るんですか!?」
 藤姫はまだ顔を真っ赤にさせたまま、抗議の声を挙げた。
「『そんな事』とは、つれないねぇ。あの雷の夜には、傍についてあげたというのに」
「その時はその時です、少将殿。今は大事な八葉としてのお勤めもあるでしょうに」

 藤姫の抗議に友雅はにっこりと笑いながら聞いていたが、庭に控えていた友雅の従者が声をかけた。
「無粋だねぇ。でも、そうも言ってはいられないか」
 友雅は蝙蝠をパチンと閉じると、真顔になって話し始めた。
「本当はね、別件で少し留守にしなければならないのだよ。今日だけなら別に、こちらに伺いはしないのだが、2〜3日、もしかしたらそれ以上、かかる可能性もあるからね」
「そんなに、留守にされては八葉のお勤めに、支障をきたしてしまいます」
「だが、今特別に私の力を必要とはしてない筈だよ」
 藤姫の抗議に友雅はさらりとかわす。

 確かに今は白虎の開放もまだ少し先の話。なので、友雅一人抜けた位では、あまり支障をきたす可能性は低い。だが、八葉の勤めよりも優先させなければならない用件など、一体何があるのだろうか。

「四方の札を集めて、少将殿にもようやく八葉としての自覚が出たのだと、安心しておりましたのに。結局は今までとお変わりないという事ですのね」
「おやおや、どうやら私は信用されてないのだね。愛しの姫君はなんだか疑っているようだが、別件とは、八葉の勤めにも関わる事なんだよ」
 藤姫がその言葉を聞いて驚いた顔で友雅を見ると、当の本人は、意地悪そうに微笑んでいた。
「それならそうと、早く仰って下さればよろしいのに」
「私が最初から素直に話すと思っているのかな。まあ、他の者なら素直に話すだろうけどね」
 友雅は蝙蝠を少しだけ開いて口元だけを隠し、真正面から藤姫を見据えた。何時ものように笑っているのだろう。『瞳は口ほどに物を言う』、その言葉通り、友雅の瞳は笑っていた。ただ口元が隠れている分、意地悪そうだという印象を強く受けるのだが。
「野宮等の洛西の方で、白拍子や鬼の姿を見たという情報が頻発してね」
「白拍子、ですか?」
「確か鬼の一族の中に白拍子の格好をした者がいるからね。もしかしたら、という事で、帝から直に確かめて欲しいと」
「そうだったのですか。では、そのように神子様にお伝えしておきますわ」
「では、よろしく頼んだよ、藤姫」
 そう言うと、友雅は藤姫の部屋を後にした。


 ちょうど友雅が去った後、あかねが部屋に入ってきた。
「おはよう、藤姫」
「おはようございます、神子様。神子様の所にお伺い出来なくて、すみませんでした」
 藤姫は、朝の挨拶に行けなかった事を素直に詫びた。
「いいんだよ、藤姫。ところで、友雅さん、どうしたの? 今藤姫の部屋から出てきたみたいだけど、もう帰っちゃったみたいだし」
 あかねが藤姫の部屋に向かう時に、丁度廊下の角を曲がって、帰っていく友雅の後姿を見かけたので、どうしたのかあかねは不思議に思っていたのだ。藤姫は先ほど友雅から報告された事をあかねに告げた。
「そうか、友雅さん、数日留守なんだ。じゃあ、残りの八葉で出来る事をしておかないとね」
 ちょうど朱雀の開放の為京を回っている最中だった為、あかねはイノリと詩紋と一緒に、町へ出かけていった。

 その頃、藤姫は部屋で占いをしていた。友雅が去り、あかねも出かけた後、何故だか、嫌な予感がしていたからだ。それが、何なのか確かめる為でもあった。だが、気持ちが不安定な為、占いの結果にも現れていた。
「神子様、少将殿。ご無事のお戻りをお待ちしております。どうか何事もなくお戻り戴けます様、藤はお祈り申しております」
 星の一族としての力しか持たない藤姫は、ただただ、皆の無事を祈るだけしか出来なかった。
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短編でお話考えていた筈なんですが、続き物になってしまいました。
果たして藤姫の嫌な予感は当たってしまうのでしょうか。