逢えないもどかしさ
真っ直ぐに伸びる廊下。整然とされたここは、病院。
その病院の廊下を歩く一つの影。普段なら入院患者や、看護師等病院スタッフが居てもおかしくないこの時間に珍しく、人はその人ただ一人。
手には花束を持っているから、入院患者のお見舞いなのだろう。彼が歩く度に、キュッキュッと廊下が鳴る。彼が履いている厚底の靴の所為だろう。
「あー、やっぱ、この雰囲気、この匂い。胸に詰まる思いがあるなぁ」
そう言って苦笑いしたのは、高橋直純である。
数年前に倒れ、入院生活を強いられた事があるのだ。
点滴を受けながら、見上げた病室の天井。
する事がなくて、自分の曲を聞き返してはみるも、何だか楽しそうに歌っている自分の声に嫉妬して…。
思い切り投げ出して、でも過去の自分に嫉妬している自分が惨めで…。
でも、そんな時に、彼女はお見舞いに来てくれた。
「嬉しくって、思わず涙しちゃったんだよな」
彼女とは数年の遠距離恋愛中。今でも継続中。カナダとの時差は短針が一周する以上。それなのに、どうしてこう、来てくれちゃったんだろか。
「だって、すぐに逢えるって訳でもないんだけどな」
でもとても嬉しかった。それだけ、彼女にも心配かけてたって事だけど。
だからこそ、今回はきちんと時間を作ってお見舞いに来たかった。
だって彼女が帰国して今こっちで入院生活を送っているのだ。カナダで入院していたらはっきり言ってお見舞いなんて行ける訳なかった。仕事もあるし、そんな仕事をほったらかして見舞いに行ったら、逆に怒られそうだ。
彼女の病室まで、あと少し………。
突然行ったら、やっぱりびっくりするかな。でも今日は収録が思った以上に早く終わって、出来も上出来で。
彼女に逢いたいって思ったから、今日は自分でも驚く位調子がいいのかもしれないな。
そして、彼女の病室の前。どうやら看護師さんの話だと、個室のようだ。
部屋の扉をノックする前に、直純はちょっと緊張していた。
「何て言ったら、いいんだろ。あーー、何で緊張してんだ、俺?」
でも、次の仕事の関係上、あまり長居する時間もなくて…。こんな事に時間を取られる位なら、逢って時間ギリギリまで話をしていた方がいい。
そして、ノックをすると、病室の扉を開けた。
「、調子はどう? えへっ、お見舞いに来ちゃった」
《終》