高橋直純御題阿弥陀企画〜直と残したいscene〜
お題「食」
腹へり大魔王
「今、移動中か。お昼、は…と、これも簡単に済ませたっぽいね」
 は携帯の画面を見て、苦笑しながら呟いた。
「今日の仕事は、夕方ので終わりって言ってたから…」
 携帯の時計を見ると、午後2時を回っている。朝は早く出掛けているから、これでも遅いほうだろう。
「やっぱり、ボリュームがあって、あ、でも周りの人に食べて帰ろうって誘われたら、直は断れないタイプだから、それも考慮に入れて、と」
 の頭の中は、いろんなメニューが浮かんでは消えていった。
「折角だから、出来立てを食べさせたいし…、それなら簡単なもので手軽に出来るもの、と」
 冷蔵庫の中身を確認しながら、一つのメニューへと導かれていく。



「ただいまー、って、あれ?」
 直純は、いつも自分が帰ってくると玄関まで迎えに来るの姿が今日は無い事に不思議に思った。
 仕事がその日のうちに帰れない時はさすがに諦めているが、今日はいつもより早く帰れる事は、も知っていた。だから、そんな時は玄関が開く音が聞こえると、玄関まで迎えに来てくれるのだ。
 疲れて帰ってくる時に、そうやって迎えに来てくれる人がいるって事がとても嬉しくて、でも遅くなる時は負担をかけたくなくて、予定よりかなり長引く時は一言連絡を入れるし、二人で決めた時間を過ぎた時は起きて待ってないでいいと約束をしていた。
 だが、今日はそのお迎えが無くて、何か寂しいような切ないような気持ちに駆られる。まあ、部屋の明かりは消えてないから、が起きているのは間違いないだろう。それとも、待ちくたびれてテーブルに突っ伏して転寝してしまっているのだろうか。
 直純は靴を脱いで廊下を歩いていると、見知った歌声と一緒にの口ずさんでいる歌声が聞こえてきた。どうやら直純の新曲を聞いていたので、本人が帰ってきたのに気づかなかったのだろう。
ー。お出迎え無いなんて、ひどいぞー」
 そう言いながら直純は台所に入っていった。はコンロの前でちょうど何かを作っている最中だった。卵を割ると、ボールの中でかき混ぜながら振り返る。
「あ、直。お帰りー。ごめんねー、ちょっと手が離せなくてさ」
 声と共に美味しそうな匂いが台所には充満していて、の声を聞いた途端直純は思いっきりお腹の音を鳴らした。
「あ、」
「やっぱり、お腹空かせてるだろうな、って思ってね。簡単なものでごめんね」
 そう言って直純の前に出されたのは、ありきたりなカツ丼。卵も半熟でトロトロでとても美味しそうだ。
「本当はもっとちゃんとしたもの作ろうって思ってたんだけど、今日最後の仕事って、仲がいい人達との仕事だって、直、言ってたでしょ。食べてきちゃうかも、って思って、簡単ですぐ作れてボリュームあるものって考えたら、さ」
「でも、すっげえタイミング。俺が帰ってくるのが分かってたみたい」
 直純はすごく嬉しそうな顔をした。
「え、分かってたよ。ほら」
 はテーブルに置いてあった携帯を取り出すと、そのまま画面を直純に見せた。
「直火の更新。『今日の収録、終了ー!納得の仕事が出来たよーo(^o^)o 皆も乞うご期待』って。本当、便利だよね」
「あ、それでかー。何だー」
「それと、忙しいのは分かるけどさー、お昼が立食蕎麦だけって、体力持たないんじゃない。それに、30分だけだったかも知れないけど、これもどうかなー。ファン減っちゃうんじゃない?」
 は携帯をいじくると、直純の顔の前に差し出した。
 それは、さっきと同じく直純の公認FC『n』の画面。
 さっきと違うのは、直火が『腹、減ったーーーーー(@_@)』の一言。しかも、赤ロゴバージョン。
「うっわー、見られてた!? しかも何、このバッチリなタイミング」
「愛の証?」
「あー、まさか見られてるとはね。30分も無かったんじゃないかな。でもこんな事でファンは減らないでしょ。いつも俺、飯だー、とか、今日の食事は、とか食日記多いし」
「『またやってるよ』とか、そんな感じかな。ま、いいや。冷めないうちに早く食べて」
「あ、忘れてた。いただきまーす」
 その言葉と共に、直純のお腹はまた、グーっと鳴った。
《終》