ささやかな幸せ…?
「ねえ、紫義。食事一人だと美味しくないんだけど」
 麻理子は、自分に与えられた宿営地の天幕に食事を運んできた紫義に、文句を言った。
「すみませんね、麻理子。倶東国にいればもっといい物を用意できるんですけど、何分この状況では。我慢して戴けませんか」
 人質の身分である麻理子に対しても、紫義は態度を変える事をしない。まあ、紫義は、麻理子が青龍の巫女の可能性も捨てきれないのも、理由の一つかもしれない。まあ、宿営地から逃げ出さない、という条件付でならある程度自由が利くように取り計らってもらっている身分であるので、あまり文句を言っては筋違いではあるのだろうが。
「別に、食事自体が不味いって言ってる訳じゃないよ。一人で食べるご飯って、つまんなくて味気ないよって言ってるの。ささやかな幸せ位、求めたっていいでしょ」
「そんなもの、ですか?」
 そんな事に、ささやかでも幸せを感じるのかと思いながらも、紫義は表情を変えずに聞き返してきた。
「一人だと、美味しくないのか、麻理子?」
 紫義の横に当たり前のようにくっついている修羅も、紫義と同じ事を聞いてきた。
「ほら、仲のいい友達とか、家族とかと一緒に食べると、会話も楽しいしご飯も美味しいじゃない」
 麻理子は当たり前のように話した。
「話しながら食べると、味、わからなくないですか?」
 紫義は首を傾げながら聞いてきた。
「紫義は誰かと一緒に食べた食事が、美味しいって事無かった?家族とか、友達とか、仲間とか」
「家族…、ですか」
 家族という単語を麻理子が連発すると、紫義は黙り込んでしまった。
(あちゃー、余計な事、聞いちゃったかな)
 「俺、家族いないから、分からないよ、麻理子」
 麻理子の服の裾を引っ張りながら、修羅が答えた。
「家族、いないって?」
「うん」
(うわー、こっちも爆弾だったー?そうか、修羅ってまだ子供なのに、ここにいるって事は…。あー、もうどう収集したらいいのー)
「あ、ほら、大好きな人、でもいいんだ」
「大好きな人?」
「そう。あ、修羅、紫義と一緒に食事するのって、楽しい?」
 麻理子は、修羅が紫義にべったりなのを思い出して聞いてみた。
「あ、そうか。俺、紫義様と一緒にご飯食べると、嬉しいよ」
「そう、それ。それが、同じご飯でも、一人だと違うでしょ」
「うーん、そうなのかな。麻理子が言うなら、そうかもしれない」
 修羅と話していても、紫義は相変わらず黙ったまま、何の返答も無い。
「あ、あの、紫義…?」
 麻理子は恐る恐る紫義の顔色を窺いながら、声をかけた。
「緋鉛と一緒に食事をする事はありますけど、うるさいと思うだけで楽しいって感じた事は、ないですねえ。他は…、特に思いつかないですね」
 紫義は何と言うことも無く、さらっとした答えを返した。
「もしかして、今まで黙っていたのは、考えてたの?」
「ああ、すみません。聞いてなかったんですが、何か言いました?」
「あ、あぁ、そう。なら、いいんだけど…」
 麻理子は拍子抜けを食らった顔で、がっくりと肩を落とした。
「あ、そうだ。俺、麻理子と紫義様と一緒に、ご飯食べたい。紫義様ー、いいでしょ」
 修羅はふと思い立ったように、紫義にお願いした。こういう所を見ていると、まだ年相応の子供なんだなって、麻理子は思った。
「ああ、いいですよ。じゃあ、ここに持ってこさせましょう」
「あ、俺、取りに行ってきます。紫義様の分も一緒に」
 修羅はそう言うと、天幕を飛び出した。

 少し経って、修羅が二人分の食事を持って戻ってきた。
 やはり、紫義は隊長という身分からなのか、兵士と人質である麻理子とでは最初から違うのか、修羅が持ってきた食事は、麻理子と違うものだった。だが、麻理子は特に気にもとめずに食べ始めた。
 3人で会話をしながら、というよりは、ほとんど修羅が嬉しそうに話しているのを、麻理子が言葉を返しているだけで、紫義はその2人の会話を聞きながら食べているだけだった。たまに、会話に入ってきたかな、と思えば、修羅がご飯を溢しているとか、そんな事だけだった。
 本当に楽しんでくれてるのかな、と思いながら、麻理子はふと紫義の食事の皿に目をやった。それに気付いた紫義が、麻理子に尋ねた。
「何を見てるんですか、麻理子」
「えっ、あ、何か美味しそうだなーって」
 卑しいかなーとも思いながら、麻理子は口に出していた。
「食べますか?」
 紫義は軽く笑いながら言った。
「えっ、いいの。ありがとう」
 麻理子がそう言うと、紫義は麻理子が欲しがったおかずを箸で取った。
「はい、どうぞ」
 そして、そのまま麻理子の前に手を添えて持っていった。つまりは、恋人同士がやる、アレだ。
「あ、あの…」
 麻理子が顔を真っ赤にしながら慌てていると、紫義は不思議そうに訊いてきた。
「いらないのですか」
 そう言われても、素直に紫義の箸から戴く訳にはいかない。麻理子が躊躇している間も、紫義はその状態で止まっている。修羅も、どうして食べないんだろう、と不思議そうな顔をしている。
(えーい、女は度胸)
 麻理子は決心すると、思い切って紫義の箸にパクついた。
 その後、麻理子は耳まで真っ赤にさせ、俯いた状態で数回噛み、飲み込んだ。
 あまりの恥ずかしさに、今食べた物の味など全然わからなかった。
「美味しかったですか?麻理子」
 軽く笑った紫義にそう聞かれて、分からなかったとも答えにくいし、答えた所でまた紫義は同じ事をしそうなので、麻理子は美味しかったと言わざるを得なかった。
 その後も、残ってるご飯の味なんか全然わからず、紫義の顔もまともに見る事も出来なかった。
 結局、この日一日、麻理子は紫義を見ると、顔を真っ赤にさせ足早にその場を立ち去ってしまった。
 食事なんていうものも、幾ら誰かと一緒でも、それが例え気になっている相手だったとしても、時と場合によるもんだと、改めて実感した麻理子だった。


初めて書いた紫義作品が、こんなんですみませーん。やらせたかったのは勿論、紫義から「はい、あーん」です。それも何の意図も無く、本人も気付かずに、です。いえ、もっと紫義が黒OKなら、○○○しもやらせたかったんですが…。この辺でやめときました。ネオロマで、黒柚木とかヒノエとか友雅とかだったら、やらせてたかなーとか思いもしないではなかったんですが。