手の中のWhiteXmas
 もうすぐ頼久が現代に来てから初めてのXmasがやってくる。
 あかねは毎年この時期が来ると楽しみでわくわくしてくるが、今年は少し違う。



 最愛の人と一緒に過ごす、Xmas───。



 しかも今年は、イブが土曜日でXmasが日曜日。あかねの学校も22日が終業式の為、学校を気にせず頼久に会えるのを楽しみにしている。
 さすがに頼久は、仕事の都合で23日から休みを取る事は出来なかったが、何とかしてイブと当日は休みを獲得したのだ。その代わり年末は大晦日までビッシリ働かざるを得ないようだったが。
 頼久は23日も1日仕事があるようなので、あかねは天真と詩紋と蘭と頼久の住んでいるマンションででXmasパーティを行った。家族がいる誰かの家で、と言うより、一人暮らしをしている頼久のマンションの方が、多少は都合がよい。ただ、部屋の主である頼久は夜になってからこのパーティには合流した。
 頼久以外はみんな未成年なので、このパーティにはお酒は出ない。元々頼久も、お酒は飲めるが人並み以下に嗜む程度だったので、特に問題はない。逆にあったらあったで、京にいた時武士団の仲間と共にお酒を飲んでいた天真が手を出すのは目に見えているので、余計に出す訳にはいかない。
 だが頼久の予想したとおり、この日のパーティは大変盛り上がり、夜遅くまで行われていたのである。学校も冬休みに入っているし、それぞれ遅くなる事は親の許可も出ている。蘭は兄である天真と共に帰るし、詩紋は男の子なので大丈夫である。あかねは頼久が送る事になっているので、こちらも問題はなかった。
 翌日あかねは、頼久とのデートである。朝、頼久が家まで迎えに来てくれる事になっている。只、夜遅くまでのパーティが翌朝の情景を予測できる頼久は、あかねを家まで送り届けた後、クスリと苦笑いした。


 そして、翌朝───。


「えーー、もう頼久さん来ちゃったのー!? あーん、どうしよう、着てく服が決まらないよー!」
 本人は洋室に通された頼久には聞こえないだろうと思っているが、2階の自分の部屋を走り回っているだろう音と、あかねが発する声は筒抜けである。
「もう少し早く起きなさいって、言ったんですけどね」
 頼久にお茶を出すあかねの母も、苦笑いしている。
「いえ、時間にゆとりをもってますので、慌てなくても」
 我ながらよく落ち着いていられるものだ、と頼久は自分でもそう思う。まだこの現代に来てから半年足らず。最初は慣れないこの世界に戸惑いはしたものの、思っていたよりも順応力は高かったらしい。
 それに、最愛のあかねを待つ時間というのは、全然苦にならない。寧ろ楽しいくらいだ。
「頼久さーん、お待たせしました」
 あかねがようやく頼久の前に姿を現した。かなり悩んでいたようだったが、どうやらお気に入りのピンクのケープに合わせた装いだった。
 頼久はその姿を見た瞬間、早めに車の免許を取得すべきだと思った。流石に半年でだいぶ慣れはしたが、車を運転するなど範疇外だったのである。あかねも頼久と一緒なら電車でもバスでも徒歩でも文句は言わなかった。今回だけはつくづく後悔した。
 だが、今更どう足掻こうともすぐに車を運転出来る訳でもない。
「うー、やっぱり外は寒いねー」
 家を出て駅へ向かうまでの道のりで、あかねは体を震わせながら言った。
「やはり免許を取って車で出掛けるようにした方が宜しいですか?」
 頼久は先程感じた事を告げた。だが、頼久の感じた理由と今あかねに告げた理由は全然違うものであったが。
「頼久さんと一緒なら、電車でも大丈夫です。車だとかえって頼久さんが疲れちゃうから。毎日お仕事も忙しいのに」
「そう言って下さるのでしたら。でも、必要になると思いますので、そろそろ」
「うん。でも車だったら、寒いからってこんな事出来ないよね」
 あかねはそう言うと頼久の腕を取り、体を寄せてきた。
「ほら、こうすれば暖かいよね」
 突然の行動に頼久は一瞬だけ体を硬くする。武士として育ってきたこの何年間。女性とこんな至近距離にいるのは、あかねが初めてだ。
 だが嫌な気持ちも違和感も無い。何故かとても自然な感覚でとても心地よい。
「寒ければマフラーをお貸ししますよ、あかね」
「借りたら、頼久さんが寒いでしょ?」
 あかねは小首を傾げながら聞いてくる。
「大丈夫です。京の冬はここよりもっと寒かったですし、今よりも薄着でいましたから寒さには慣れてますので」
 言いながら頼久はマフラーを外してあかねの首に巻いてやった。
「へへ、暖かいねー」
 あかねは嬉しそうに頼久のマフラーに顔を埋めた。
「頼久さんの匂いがする。頼久さんに包まれてるみたい」
 その言葉を聞いた途端、頼久は突然無口になった。どうやらあかねの言葉がクリーンヒットしたらしい。頼久があまり話をしない事はあかねも慣れているので、そのまま駅へと向かった。


 目的地に着くと、先ずはショッピングをしてそれからお昼。夜がXmasディナーを予約してあるので、お昼は和食で済ませた。そして少し時間を調節して泣けると評判の映画を見に行って。
 普段のデートとあまり変わらない気はするが、それでもイブの日に頼久と一緒にいるってだけで、デートがいつもと違うものになる。
 

 Xmasディナーが終わった後の予定はあかねには告げてない。
「結局雪は降りそうもないねー。降ったらWhite Xmasだったのに。残念」
 残念と口では言っておきつつも、顔は嬉しさで綻んでいる。
「雪が降りますと、余計に寒くなってきますからね」
 頼久は軽く笑いながら答えた。
「あ、それは駄目。これ以上寒くなったら、凍死しちゃうよー」
 あかねはそう言うと、頼久にくっついた。
「これから、どうするの? 頼久さん」
「あかねにお見せしたい所があるんです」
「え、どこどこ?」
「今教えてしまう訳には参りません。目を閉じてもらえますか?」
 あかねは言われた通りに目を閉じた。
「私がいいと言うまでは、目を開けないで下さいね」
 頼久はあかねの手を取ると、ゆっくりと進み始めた。



「もう目を開けて戴いて、大丈夫ですよ」
 どれ位歩いただろうか。実際にはそれ程時間は経っていないとは思うが、感じた時間は目をつぶったままなので長く感じただろう。
 あかねが目を開けると、目の前には素敵なイルミネーションで彩られていた。
「わー、綺麗ー」
 率直な意見だった。それ位光の海に囲まれていた。
「失礼します」
 頼久はそう言うと、あかねの首にネックレスをつけた。
 それは、鎖がピンクシルバーで胸元を飾るのはお花畑をイメージさせる繊細で淡いお花のように淡いピンクの石で模られている。真ん中が少し大きめで、その両脇を一回り小さめのお花がついている。真ん中の大きめの花の下にはハート型の石がついている。
 今のあかねの服装にもピッタリ合うデザインだ。
「Xmasプレゼントです」
 鏡で自分の胸元を確認しているあかねに、更に小さな箱を渡した。
 中から出てきたのは、手のひらサイズの小さなスノーボール。球形のガラス球の中には小さなXmasツリーがあって、絶え間なく雪が降り続いている。
「私の力では実際にWhite Xmasにする事は適いませんが、あかねの手のひら程度でしたら、願いを叶える事が出来るかと思いまして」
「すごい、嬉しい。ありがとう、頼久さん。何かこんなに幸せでいいのかな。何だか恐いくらい」
「あかね、何を恐がる必要があるのですか? 私は貴女と一緒に幸せになる為に側にいるのです。貴女が幸せでいてくれればいてくれるだけ、私も幸せになれるのです」
 あかねはその言葉に更に感動を覚えた。
「頼久さん。私からのXmasプレゼントです」
 あかねは小ぶりのギフトボックスを手渡した。頼久が中を開けてみると、銀色の懐中時計だった。
「京にはないものだから、頼久さん、今でも腕時計ってつけないですよね。でもお仕事されてるのに時計が無いのも不自由だし、かといって慣れない物って邪魔なんですよね。これなら胸ポケットに入れられるから」
 頼久は、こういうあかねの気遣いがとても嬉しかった。
 生まれてこの方、細かく時間に縛られて生活をするといった事がなかった所為もあるし、簡単に時間を知るといった手段もなかった。仕事場で勧められて腕時計をし始めたのだが、どうにも違和感が取れなくて、気づけばつけずに出掛ける事の方が多かった。
 いつでもあかねと連絡が取れるようにと、携帯を持ち始めてから時間を確かめる手段を得た頼久だったが、何時でも何処でも携帯で時間を確認する、という訳にもいかなかった。
 その点、この懐中時計なら手のひらに納まるサイズなので、背広の胸ポケットに入れても然程違和感はない。
 お互いが互いのプレゼントに喜びを感じていた。
 そして、二人が出会えた運命に感謝していた。



「Merry Xmas」
「Happy Merry Xmas」


 頼久と初めて過ごすXmasは、いつまでも色褪せない想い出の日となった。
《終》



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