Stardust memory








   お星様が、いっぱい。
   お星様が、いっぱい落ちてくるよ。
   望美の所にも、お星様、落ちてこないかな。









将臣や平家の人達と共に船に乗り、安住の地を捜し求め、ようやく南の島にたどり着いた。それからしばらく経ったある日のこと。
かつては白龍の神子と呼ばれていた少女は、小さな頃の夢を見て目が覚めた。そのまま起き上がり未だ灯火すらも消えてしまっている辺りを見回した。まだ完全に覚醒していないのか、うまく状況が把握できていないようだった。
すぐ左側に寝ていた黒髪の少女が起きた気配で、将臣も目が覚めたようだ。
「望美、どうした?」
「えっ、あの、星が…」
「星がどうしたって?」
「あ、あれ?」
望美は頭にハテナマークを浮かべながら、部屋の中を見回した。
「なんだ、寝ぼけてんのか。どんな夢を見てたんだか知らねーけど、まだ朝まで時間があるんだから、もう少し寝とけよ」
将臣はそう言うと、大きくあくびをした。
「ほら寒いんだから、望美」
普段が常夏、とまではいかないこの島は、夜でもそれ程寒いとは感じないが、二人の体に掛けられていた布団代わりの布は、彼女が体を起こしている為、将臣の上半身からは取り去られている。家作りのプロが建てた訳でもないこの屋敷は、風通しがいい。汗ばんだ体は隙間風に晒されると肌寒いと思う事さえある。望美は促されるがまま、また横になった。タイミングを見計らい、将臣は心臓に近い方の腕を伸ばした。それに合わせるように、少女は頭を下ろした。
その一連の動作の終了を確認すると、薄っぺらな布団を、逆の腕で自分と望美に被せた。
そのまま眠りにつくだろうと将臣は思っていたが、どうやら何か気に為るのかなかなか寝付けないようで、布団の中で愛しい少女はもぞもぞと体を動かしていた。
別に気にせず眠る事も出来たが、時空を超えて平家に落ち着いてからは、戦いに体が慣れてしまった所為か、すぐ傍で誰かが動く気配があると、熟睡出来なくなってしまったようだ。昔なら一度眠ってしまえば朝まで目を覚ます事なんて滅多になかったが、平家追討の院宣が下って追われる立場となってからは、眠っていても周りの気配に敏感になっていなくては生き残る事が出来なかった。流石にその習性をすぐには取り除く事も出来ず、不完全なままの睡眠を貪るのなら、望美を落ち着かせてきちんと眠った方が翌朝の目覚め方が違う。未だこの島に落ち着いても、やらなければならない事が多く、睡眠不足のままだと体力が持たなくなってくる。若さ、というだけで乗り越えようとしても、それは無謀だという事位、平家の一将として戦いに出てから身にしみてわかっている。

「眠れないのか」
将臣の問いにすぐに答えは返ってこなかった。自分が起きている、という事を隠したかったのだろうか。どんなに隠したところで、すぐ真横で動かれては気になって眠れない。気配から只の寝返りでないという事位容易く感じ取れる。
「起きてるんだろう、望美」
再度問うても返事はなかった。寝たふりを続けるのならばそれでもいいと、将臣はそのまま話し続けた。
「どんな夢を見たんだ? 怖い夢か」
「…違う、と思う」
少しの間があったが、望美は軽く首を振りながら、一言だけ返事をした。その声にはあまり張りがなかったように思えたのは気のせいではないだろう。
「楽しい夢か?」
「わかんない…」
「どんな夢だか知らないけど、覚えてないって事はたいした事じゃないんだから、そんなに気にするんじゃないぞ」
「知盛に口説かれる夢でも?」
望美はかつて剣を交わした平家の将の名を挙げた。その言葉で、将臣は思わず起き上がってしまった。
「いったーい」
腕枕されていた望美は、思い切り頭を打ち付けた。片手で打った場所を摩るその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。頭を打った時にふと夢の内容を思い出していたが、悔しいのでそれは言わない事にした。
「あ、すまん、望美」
再び横になりながら謝るその姿は、反省しているようには見えなかった。窓の隙間から差し込む僅かな月明かりで完全な漆黒の闇に包まれてはいない部屋の中で、ぼんやりと見える将臣の顔を望美は恨めしそうな顔で見ていた。
「でもよ、お前が悪いんだぜ」
責任転嫁するように将臣は言った。
「じゃあ、ヒノエ君の方がよかった?」
愛しい人の胸の中でくすくす笑いながら望美は、熊野の頭領である八葉の名前を挙げた。
「誰だったらいいの?九郎さん、は口説くキャラじゃないか。弁慶さんとか?譲君とか敦盛さんとか白龍に告白される、っていうのもいいな。あ、経正さんって優しそうで包容力があっていいかなー」
元源氏の神子はふざけていろんな人の名前を挙げた。
「お前なー」
困り果てている声に苦笑いしながら、望美は本当の事を話した。
「嘘。見たのはね、昔の夢。覚えてる?譲君も一緒に流れ星を見に行った時の事」



星の一族の姫──この時はそんな事、全然知りもしなかったが──スミレに、流星群の事を教わった。
真夏の最中に星が降ってくる、ペルセウス座流星群の事を……。
夜中北の空に昇る星座、ペルセウス座の辺りを中心に全方向に星が流れる。八月の中旬にピークを迎える三大流星群の一つらしいが、そのピークが来るのが、八月十二日の夜から十三日の早朝にかけて。
それを知った幼き頃の龍神の神子は、スミレに流れ星を見に行きたいと願った。星を読む事で未来の一欠けらを知る事の出来るスミレは、望美が自分の望む龍神の神子である事を知っていたのだろう。星の一族として神子の願いを叶えたいと願うのは、何時の時代であっても同じ事。
何年か前にも別件で、まだ幼いからと申し出を受け入れなかった時、三人は親の目を盗んで家を抜け出した事がある。行き先は分かっていたので大事にはならなかったが、今回も同じケースになるやもしれない。しかもその時よりかは年も重ねているので、知恵もついているだろう。将臣の場合は悪知恵と言った方が正しいのかもしれなかったが。
そういった事もあって有川家・春日家両方の親を説得したスミレは、三人を連れて全方向が開ける場所へと連れて行った。
ただ夜遅い時間なので、どうしても幼い子供達が最後まで起きているというのは無理な話。最初に一つしか変わらないが、一番幼い譲が先に眠ってしまった。望美も眠い目を擦っていたが、やはり睡魔には勝てなかったようで、譲がダウンしてからあまり時間も経たないうちに眠ってしまった。
将臣は、というと、望美同様眠い目を擦ってはいたが、根性で起きていた。だが、今まで起きていた事がない時間帯の為、どうしても途中で船を漕いでしまう。思い切り船を漕いだ事によって、一旦目が覚めると頑張って起きていようとするのだが、将臣の瞼はどうやら重力には逆らえないところまで来ていたらしい。
「将臣、眠いのなら寝ていいのだよ」
スミレは優しく孫に語り掛けた。だが三人の中の兄貴肌である将臣は、それを拒んだ。
「大丈夫、ちゃんとおばあちゃんが起こしてあげるから」
「だって、望美が寝ちゃう時、ちゃんと俺が起こしてやるって約束したんだ。だから寝る訳にはいかないよ」
面倒見のいい将臣は、約束した以上はきちんとそれを守る。無理な事は始めから約束すらしないのだ。
だがそれも自分の限界以上の事だと思っていなかったので、無理をしようとする。
「最初に起こしてあげるから、安心おし。それで望美ちゃんと譲を起こしてあげれば、約束は違えてないだろう」
「絶対内緒だからな、ばあちゃん」
「約束。二人だけの内緒の話だよ」
そう言ってウインクする祖母の顔に安心したのか、ようやく将臣も眠りについた。


「ほら、将臣」
約束どおりスミレは将臣を一番先に起こした。まだ眠い目を擦りながら将臣は頭上の空を見上げると、星がいくつもいくつも降ってきている。
「おい、望美、譲、起きろよ。すごいぜ」
興奮した声で二人を起こすと、再び夜空に見入ってしまった。
将臣の声で目覚めた二人は、同じように空を見上げた。そこには満天の星空と、星と星の隙間からいくつもの流れ星が、尾を引いていた。
「すごいね、将臣君、譲君」
「うん、すごいよ、望美ちゃん」
後から目覚めた望美も譲も、将臣と同様に夜空の光景に見入られてしまった。
だがずっと上を見上げていた為か、望美が真っ先に空から目を離した。
「首が疲れたんだろう。寝転んで見た方が疲れないし、見やすいのじゃないのかい?」
スミレは人を包み込むような笑顔でそう提案した。その案はすぐに取り入れられ、三人はすぐにその場に横になった。
さっき眠ってしまうのに横になった時には気付かなかったけれど、こうやってみると起き上がって見た時には無理だった全方向の空が視界に入ってくる。これなら一度にたくさんの流れ星を見る事が出来るだろう。
いっぱいの星が流れている。どうやら今年は流星群ではなく流星雨になっているのだろう。
「お星様、いっぱい落ちてくるよ。望美の所にもお星様落ちてこないかな」
ふと寝転がっていた望美がそんな希望を口にした。流石に降ってくるように見える流れ星でも、実際に目の前に降ってくる事はほとんどない。
「もし落ちてきたら、どうするんだ?」
将臣に訊かれた望美は、可愛らしい口に人差し指だけを軽くあて、「内緒」と囁いた。
「もし僕の所に落ちてきたら、望美ちゃんにあげるね」
自分の右側に横になっている幼馴染の女の子に対して、譲はそう約束した。
「ふふ、ありがと、譲君」
三人は一秒間にいくつも流れる流星を見ながら歓声を挙げていたが、ふと気付くとその声も止んでいた。スミレがふと覗き込むと、穏やかな寝息を立てながら三人とも眠っていた。
もうとっくに日付が変わっている時刻なので、無理もないだろう。スミレはその姿に軽く微笑むと、荷物の中からある物を取り出すと、望美の手のひらにそっと置いた。



「ああ、そういえばそんな事もあったな」
将臣は軽く流した。
「そんな事って…」
「だってお前、家に帰ったら高熱出してたよな」
望美の反論を途中で遮って、その後の落ちを話した。
「腹でも出して寝てたんじゃないのか」
「そんな事ないもん」
「お陰でうちのばあさん、お前んちの親に謝りに行ったんだぜ」
更なる望美の反論を、将臣は正論で跳ね除けた。
「だって、思ったより寒かったんだもん」
「そうだよな。起きてみたらさ、お前だけ毛布が掛けてあったもんな。よっぽど剥ぎ取ってやろうかと思ったんだぜ」
あまりの正論に反論できなくなって、望美はそっぽを向いてしまった。流石に将臣もその事には気付いていたが、そのまま続けた。
「それと、お前朝すごく喜んでたよな。『本当にお星様落っこちてきた』って」
「だって本当にそう思ったんだもん」
望美は不貞腐れて布団を頭まで被ってしまった。
「結局あれも、うちのばあさんが仕組んだ只の金平糖だったもんな」
「嬉しくてずっと握っていたから、夏の暑さで掌で溶けちゃって気付いたんだけどね」
少しだけ布団から顔を出して、少女は隣に寝ている男をちらりと見た。そしたらたまたま目が合って、将臣は軽く「何だ?」と言って微笑んだ。その顔が、望美が一番好きな顔だったので、思わず顔に紅を差してしまったので、見られたくないと思い、また思い切り布団を被ってしまった。それを見た将臣は、「忙しい奴だな」と軽く笑った。
「でもよ、どうしてあんなに、流れ星なんて見に行きたがったんだ?」
将臣は不思議に思って訊ねた。どうやら当時の彼女の願いを知らなかったのは、彼只一人という訳だったようだ。まあ、スミレは望美が流星を見に行きたいと言い出した時点で気付いていただろうし、譲は日程を聞いた時点ですぐに分かっていた。でももうとっくの昔の事だし隠していても当の本人がわかっていなかったのでは意味もない話だろうし、今更だとは思ったけど望美は理由を話した。
「将臣君の生まれたその日に、思い出に残る何かをしたいって思って。知ってた?あの流星群、将臣君の誕生日の夜にピークを迎えるんだって」
「へえ、知らなかった」
「何か、天がお祝いしているみたいだなって思って。そしたらどうしても一緒に見に行きたくって」
嬉しそうに話す傍らの少女は、もう被っていた布団から顔を出し、愛しい男性の方に顔を向けている。生き生きと話す少女の顔を、将臣はとても愛しいと思っている。この時空に来なければ、こんな感情を持つのはもっと先だったのかも知れない。いや、幼馴染み、という間だけで終わってしまい、お互いに別の伴侶を見つけていたのかもしれない。それは、その運命を歩んでいないので分からない話だが。
「でも、大きくなってから気付いたんだけど、その日にピークを迎えるだけで、もう少し前から星は流れていたんだなって」
「でも、俺が生まれた日に見たかった。あの時のお前はそれだけで十分だったんじゃないのか」
「それもそうだね。それにいっぱい流れ星が見られるから、お願い事もちゃんと三回言えるかなって」
そう言って「叶わなかったけどね」と、望美は少し悲しそうに笑った。『言えなかった』のではない。『叶わなかった』のだ。小さい女の子が願ったささやかな願いは叶えられなかった。
「欲張りだったのかな。星が流れる度に何度も同じお願い事したから。でも一部は叶ったから、それだけで十分だけどね」
叶えられなかった願い事を思い出しているのか、望美は泣きそうな顔をしていた。
「お前が願った事って、何だったんだよ」
将臣は、自分の最愛の人物にこんな悲しい顔をさせる、叶わなかった願いに腹が立った。
それに、『一部は叶った』という言い方も気に為る。
「聞きたい?」
望美は恐る恐る尋ねた。答えを言う事によって将臣がどんな態度を示すのか、自分には分かっていた。だから出来れば聞いて欲しくない。自分でも余計な一言さえ言わなければよかったと、今更ながらに後悔している。
「そりゃ、そういう言われ方したら、聞きたくなるだろう?」
「笑わない?」
「笑わない」
真剣な望美の表情に、将臣も真剣に返した。
「怒らない?」
「怒らない」
「じゃあ、聞いても、後悔しない…?」
「望美…?」
あまりにも不思議に思って、最後の問いには答えずに思わず望美の顔を見た。
望美は居た堪れなくなって、また顔を背けてしまった。この答えが返ってくるのが怖い。いや、一番怖いのは、当時の願い事を告げた後の彼の顔を見る事だろうか。容易に想像出来るのが余計に辛い。将臣が答えを発しようと息を吸い込んだのが分かると、望美は思わずギュッと目を閉じてしまった。
「わかった。後悔しない」
将臣は軽くため息をついた。望美の目は閉じられていたが、今の彼の気持ちは表情からも読み取れるだろう。望美は将臣の顔を見ていなかったが、声からでも読み取れるだけの付き合いになっているので、結局は同じ事だった。
「いつまでも一緒に将臣君といれますように」
それだけ言うと、また布団を被ってしまった。ただ将臣からは返答もないばかりでなく、何の反応もないので、望美は布団から恐る恐る顔を出した。
すると将臣は何も言わずに彼女の顔を眺めているだけだった。そして目が合うと、僅かに口元が硬かったように思えたが、包み込むような温かい笑顔を向け、そして望美を抱きしめた。その表情とは裏腹に抱きしめる力は強かった。
「い、痛いよ、将臣君」
戦場では先頭を切って怨霊と戦っていた白龍の神子は、簡単に音を挙げた。
「お、源氏の兵に恐れられた還内府とも刃を交わした源氏の神子が、こんな事で音を挙げるのか?」
わざとふざけて言っているという事は、望美も承知していた。こうしないと、抑えきれないのだろう。一度後悔しないと宣言してしまった以上は。
「ギブ、ギブアップ」
何時まで経っても力を緩めてくれないので、望美は諦めて将臣のふざけにのる事にした。
すると将臣はすぐに抱きしめていた力を緩め、そのまま両手を組んで自分の頭の下に敷いた。
「満月の晩になると、いつも夢を見た。あれも星の一族の力の一つだったのか、それとも何の関係もないのかは分からないが、学校にいる夢だった」
将臣はポツリポツリと話し始めた。
「夢の中の学校は、普段と何も変わりないんだ。クラスメイトが居て、五月蝿い先公がいて、いつもつるんでいる悪友達が居て…。ただ実際と違うのは、お前と譲だけがいないんだよ。しかも趣味が悪い事に、お前達の存在自体が全くないんだ」
将臣はそこで軽く笑った。それが夢だと分かっているからこそ、そうやって笑えるのだろう。最初は本当にそれが夢だと分かっていたから、目覚めた後も笑い事で済ましていた。
だが、毎回毎回見る度に二人の存在だけがぽっかりと空いていた。知っているのは自分だけ。クラスメイトや先生に訊いても、そんな生徒はいないという同じ答えが返ってくるだけ。後ろから二番目で、しかも窓際の席で、授業中居眠りしていた自分を、後ろの席の望美がよく起こしてくれたものだったが、夢の中では自分が一番後ろの席で、後ろにある筈の望美の席すらなかった。ただ、いつも学校から出る事は出来なかったので、それ以上確かめる事は出来なかった。
「あの時は本当に参ったよな。目覚めても、どんなに探してもお前ら二人は見つからないし。お陰でお前達がいるっていう方が、夢だったんじゃないかって思わされたりしてさ」
望美は何も言えずに、話を聞いていた。いや、挿める言葉など何一つなかったのだ。自分は時空を超えても、まだ譲がいた分ましだったのかもしれない。自分は半年で再会出来たが、将臣は三年半という月日が流れていたのだ。
「清盛、あ、甦ってからの方な、は俺が重盛だから、当たり前だって言うし、知盛は我関せずだったしな。惟盛や重衡には、あやふやになるのは本当に存在などしていないからではないのか、なんて言われるし」
その時の光景を思い出しているのか、将臣は苦笑いをした。
「そんなだったから、望美や譲がいるのは夢の話で、本当は死んだ筈の重盛で、甦ったけれど昔の記憶なんて無くしちまって、将臣って奴の記憶だけどっかから盗んできたんじゃないかってな」
「そんな、将臣君は将臣君だよ!」
望美は必死な思いで、生まれた時から一緒に育った幼馴染みで愛しい人の存在を肯定した。それを見て将臣はとても嬉しそうな顔をした。嬉しさのあまり目には涙を浮かべているようだ。
「ありがとよ。お前はそう言ってくれるって思ってた。だけどよ、当時お前と同じ事を言ってくれた人がいたんだ」
思わず零れそうになった涙を握り締めた拳で拭った。
「経正と敦盛と、…尼御前様が、な」

『将臣殿。今まで生きてきた自分を信じるのです。将臣殿は将臣殿。誰の代わりでもなく、ましてや貴方の代わりなど誰にも出来ないのです。ですから、自信を持ちなさい』

二位ノ尼に言われた時の事を、将臣は振り返っていた。経正・敦盛兄弟に言われただけなら、「気休めはよしてくれ」と自暴自棄になっていたかもしれないが、最初から本当の自分を見ていてくれた二位ノ尼の言葉は自分自身を否定されたみたいで挫けそうになっていた将臣の心を救ってくれた。その時将臣は平家を守り抜こうと心に決めた。この頃の平家はもう落ち目だったので、このままなら自分が居た世界と同様、滅びる運命を辿るだろう。壇ノ浦での敗北、そして入水。平家全体を守る事は不可能でも、自分の守りきれる範囲の者達なら…、と。
恩を返す、そう誓った将臣が真っ先に切り捨てたのは、望美と譲だった。最初二人を見つけたらすぐに平家から去るつもりでいた。三人でどうにかして現代に戻る方法を探すつもりだった。だが、将臣にはそれももう叶えられない。そうかと言って、今の平家に後二人世話するだけの余裕は無いに等しい。
いや、二人は無事に現代にいるのだ。暇を見つけては探しに行ったし、地方に散った兵が戻ってくると、何らかの情報があったか確認したが、それでも見つける事は出来なかった。
そして、将臣が還内府として定着した頃─もうこの世界に来て気付けば三年半という月日が経ってしまっていたが─、熊野で望美と譲に再会した。二人を見た時驚きもしたが、やはり二人を連れて行く選択は出来なかった。いや、する必要もないのだと悟った。
「将臣君が、『ついてこい』って言ってくれたら、着いていったんだけどな」
望美はボソッと呟いた。「どうして言ってくれなかったの?」とまで続けた。
「言ってよかったのか? お前、あいつら捨てて俺の所に来られるか?」
「あ…」
将臣の予想したとおり、望美は黙り込んでしまった。
「だろ。俺にもお前にも、捨てられないものが出来ちまった。時間の長さなんか関係ねえ。だから、俺はお前達を選ぶ選択肢を捨てた。お前らには俺がいなくても九郎達がいる。多くの仲間がいるんだしな」
そう言った後、将臣は「でもまさかお前が、源氏の軍に居るとは思わなかったけどな」と付け加えた。
「でも、平家と源氏の戦が終わって、お前が着いてきてくれるって分かった時、俺は安堵したんだ。もうお前を捨てる必要はないんだって」
「うん。戦いは終わったから。私が居なくても、もう九郎さん達は大丈夫」
「でもよ、今になって思うんだけど、最初俺がお前の手をちゃんと掴んでいたら、どうなっていたんだろうな。そしたらお前の願い事は、きちんと叶っていたのかもしれないな」
最終的に将臣は、その話に戻ってきた。その言葉を聞いて望美は小さくなった。
「だから、一部は叶ったって言っているでしょ」
小さくなりながらも、きちんと抗議はした。
「冗談だって。だってお前、逆鱗使ったってそこには戻れないんだろ。それにもう終わった事だしな。これからはいつまでもずっと一緒、だろ」
「うん。ずっと一緒だよ」
二人はどちらからともなく、手を握り合っていた。まるであの時空の波に飲まれた時に叶わなかった事が、今は出来るんだと確かめているかのように。



どれだけの間二人は手を握り合ったままでいただろうか。気付けば部屋の隙間からは、まだ弱弱しいが朝の光が微かに差し込んできている。
「朝になっちまったな」
「そうだね」
たったそれだけの言葉を交わして、また二人は黙り込んでしまった。外からは代わりに、朝を告げる鳥達が忙しなく鳴いていた。自分達の言葉の代わりの声を聞きながら、将臣と望美は今の時間の流れをかみ締めていた。ゆったりと流れるこの時間。これが手に入れた二人の時間。何も欲張りはしない。お互いが傍らにいればいい、ただそれだけの事。
外から動物達の声以外が混じってきた頃、二人は穏やかな眠りについていた。



数日が経った日の事、将臣がいつもの仕事を終えて家に帰ってくると、望美は何時に無く嬉しそうな顔で迎えた。
「何かあったのか。随分と嬉しそうだけど」
将臣がいちいち聞かなくても、望美の方から話し始めるだろうけど、以前自分の言葉の足りなさを指摘された将臣は、出来る限り自分から聞き出すように努力していた。
「あのね、今日時子さんから教えてもらったんだけどね、今大体私達の世界の暦でいうと、七月の終わりか八月に入る位なんだって」
望美は色々な事を、二位ノ尼やその他平家の人達から教わっている。この島に来てからあまり日付というものに縛られずに生きてきたが、中にはきちんと暦をつけている者がいるらしい。そして京にいた頃から陰陽道の勉強をしていた者もいるようで、星を見る事で大体の暦を知る事も出来るらしい。そういえば、八葉の仲間たちと一緒に居る時に、景時がそんな事を言っていたような気もする。あまり星については興味もなかった将臣は、軽く聞き流していたのであまり覚えてはいない。
「それでね、暦と一緒に星の事も教わったんだけど、大体今頃の季節になると、北の空にたくさんの星が流れるんだって」
つまりは、昔三人で見たあの流星群の事を言っているのだと、すぐに将臣は気付いた。あの時の感動をもう一度、とでも言いたいのだろうか。まあ、いくらでも時間もあるし、やりたい事に付き合うのも悪くないだろうと思った。今までの埋め合わせをするつもりではない。こののんびりした島で、これから永い年月を一緒に過ごすのだ。好きな時に好きな事をしたところで、うるさくいう輩なんてここにはいない。まあ、羽目を外さない程度にするつもりではいるが。
「で、ほら星って、何百年でも多少は位置とかが変わるでしょ。でも、完全に方角とかが変わるのは、もっと気が遠くなる位の時間が必要だったよね、確か」
望美は必死に中学や高校で習った事を思い出しているようだ。いやそれとも家でスミレに教わった事だっただろうか。孫達が興味があると分かった祖母は、望美と譲によく星座の事を教えていた。将臣はあまり興味を持ってはいなかったが、二人に混じってよく一緒に祖母の話を聞いていた。物分りがいい譲はともかくとして、結局、真剣に聞いていた筈の望美よりは将臣の方が詳しくなっていたようだったが。
「じゃあ、見に行くか」
少女の言いたい事など百も承知だと言わんばかりに、将臣はすぐに提案した。
「うん」
とても嬉しそうな顔で、望美は頷いた。



この島の中で辺りが開けている場所など、あちらこちらを探索している将臣には、わざわざ探すまでもなく、すぐに行き先は決まった。現代に居た時と違って高い建物は無いし、灯りも夜遅くまで着いている所はほとんど無いに等しい。背の高い木さえ無ければどこでも同じだったが、何となく将臣は開けた海辺の海岸を選んだ。
将臣は其処に行くのに何か包みを持っていた。望美が気になって中身を聞いても、はぐらかすだけで答えを教えてはくれなかった。最終的に目的地に着く頃には聞く事も諦めていた。
夜中になるまで、二人は他愛も無い話をしていた。思い出話だったり、この島に来てからの事だったり、これからの事だったり。座って夜空を眺めていると首が疲れてくるので、小さい頃スミレに教わったように寝そべった状態で。
やがて、望美が眠そうに一度欠伸をした時、天空で一つ星が流れた。それをきっかけとして、その星が流れ始めた辺りを基点として、全天に向けてたくさんの星が流れ始めた。
どうやら小さい時に見た流星群と同じようだ。見る場所も時空も全然違うというのに、流星群は小さい時と全く同じ。
「すごいね、将臣君」
小さい時の台詞とほとんど変わらない言葉を、望美は口にした。他の表現はないのか、と将臣は苦笑したが、素直に思った事を言えるのは、彼女の長所だと分かっているので、将臣は敢えて突っ込みはしなかった。
望美は素直に感動しているのか、星が流れる度に歓声を挙げている。どうやら、ピークを迎えるにはまだ数日後の話のようだ。昔見た時の方が、流れる感覚は短かったような気がする。そういえばスミレが、「今年は雨のようだねえ」と感心していた事から、あの時が特別だったらしい。
しばらく寝転がって流星を見ていた望美は、突然立ち上がると将臣に背を向けた。
何をするのだろうと、声も掛けずに見ていたが、望美はそのままの状態で「将臣君とずっと一緒にいられますように」と、あまり大きくない声で、でも将臣にもちゃんと聞こえる声で言った。
思いがけない望美の行動で、将臣は不意をつかれたようで、顔を赤く染めていた。
 望美も言い終わった後、満足そうな顔で振り返った。その頬には赤い花を散らしていた。将臣はその顔を見ると、「いつもお前には叶わないよな」と呟きながら立ち上がった。
望美はそのままの状態で、これから何をするのかを見守った。すると将臣は、ここに来る時に持っていた包みを広げた。
中から出てきたのは、白い薄い布で出来たヴェール。
この時代、何の技術も持っていない人間が、薄い布を作り出す事は至難の業だった。しかも以前は京の只中にいた、武士と云えども貴族の生活をしていた者達だ。きっと大変な苦労があったに違いない。そういえば、望美に隠れて何かを作っているな、と位にしか認識していなかった事があったが、これを作っていたのかと、ようやく納得した。流石にこれは本人の目の前で作る訳にはいかないだろう。将臣の注文であるという事は一目でわかる。
「本当なら俺が何か用意するべきなんだろうけどな」
照れくさそうに将臣は後頭部をかいた。
「だけどよ、俺が何か贈り物をしたいって言ったら、自分達に作らせてくれって」
その光景が、望美には目に浮かぶようによくわかる。今の自分達がこの地で穏やかに暮らせているのも、将臣のお陰であるという事を皆知っているのだ。だからこそ何かしらの恩返しがしたいと考えるのも当たり前の話だろう。
平家の皆が、源氏の神子であった自分を受け入れてくれただけでも嬉しいのに、将臣の頼み事とはいえ、以前の敵だった自分への贈り物を作ってくれていた事に、望美はとても感動していた。
平家も源氏も共に同じ人間。ただ生まれた家が違うだけの事。出来れば望美は平家も源氏も共に暮らせる世を願った。和議が本当に成功すればいいと、本当に願っていた。だが、もうそれも過ぎ去った話。逆鱗を使ってあの時に戻ろうとは思わない。
だって、今この瞬間を、皆一生懸命生きているのだから。それを否定する事は出来なかった。
将臣は、皆が作ってくれたヴェールを望美の頭に被せた。
「こんな惨めなもんでごめんな。でも皆の気持ちがこれにはたくさん詰まってる。今の俺からしてみれば最高の贈り物だって思ってる」
望美は何も言わずに、満面の笑みを将臣に向けた。
「俺は、お前を最高に幸せな花嫁にしてやる。世界で誰よりも幸せにしてやる。俺はもうお前を離さないからな」
望美の顔を隠していたヴェールを、優しく捲ると将臣は優しく口付けた。

二人を祝福するのは、フラワーシャワーでなく、天からの贈り物、数え切れない程の星のシャワーだった。


お星様が、いっぱい。
お星様が、いっぱい落ちてくるよ。
望美の所にも、お星様、落ちてこないかな。
お星様が手に入ったら、皆の願いがきっと叶うよね。

初の遙か3で同人誌として出した将臣×望美小説。
無印、南国ED後のお話。本自体も完売したので、こちらにて公開。
将臣くんの誕生日が、ちょうどペルセウス座流星群がピークになる事、そして実際に私が見た流星群がペルセだったので、
思わず引用してしまいました。

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