ヒノエ生誕記念企画桜パルフェWeb投稿作品
春望
「本当に姫君は、美味しそうに食べるね」
 ヒノエは、望美が食べている姿を見て、一言そう漏らした。



 ここは、望美の部屋。大学入学をきっかけに、一人暮らしを始めた。
 ヒノエは、未だに熊野とここを行き来している。熊野水軍の頭領として、まだまだ大変らしい。いつ逢えるかなんて、約束は出来ない。只、ヒノエがこちらに来た時は、予めメールが入る。携帯電話なんて、いつ覚えたんだろう、と初めてメールを貰った時は随分驚いた。誰に教わったと言う事もなく、興味を覚えたら使い方まで一人で覚えてしまったようだ。それにしても、自分のメールアドレスなど教えてない筈だが、将臣か譲にでも聞いたのだろうか。そしてその携帯は熊野にもそのまま持ち帰っているらしい。



 ───日付と時間が表示されても、熊野と鎌倉だと違うよね、時空自体が違うんだし。



 そう聞いた事もあったが、どうやら必要なのは熊野での時間では無く、望美が住んでいるこの時空での時間が必要らしい。どれ位の時間、望美と離れているのか、と。
 そんな寂しさも、ヒノエが逢いに来てくれると、すっかり忘れてしまう。
 今日も、会えなかった時間を取り戻すかのように、側にいてくれる。



 今は大学も春休み中なので学校もないし、喫茶店のバイトも無理を言って少しお休みを貰っている。
 一人暮らしを始めてから、必要になったので少しずつ料理も覚え始めている。だが、まだ失敗する方が多いのは事実だ。
 改めて譲君の凄さを実感したと言うか、自分の料理が下手だと言うか、料理の腕の差を思い知らされる。
 ふと、今日の夕食は何にしようかな、と考えていたところ、玄関のチャイムが来客を告げた。
「お届けものでーす」
 どこか聞き覚えのあるような声だと望美は思いながら、急いで玄関を開けてみると、前にいたのは大きな荷物を抱えたヒノエだった。
「嬉しすぎて、言葉も出ないってところかな、姫君。それとも、あまりに逢いに来なくて口も聞いてもらえないかな」
 望美は、突然のヒノエの訪問に、何も言葉が出なかった。代わりに出てきたのは、望美の大きな瞳から零れ落ちた一滴の涙。
「あまりに待たせすぎたかな」
 両手に抱えていた荷物を片手で持ち返ると、開いた方の手で流れた涙をふき取った。
 そのヒノエの行為で、望美は自分が泣いていたと気づいた。
「だって、いつもヒノエくん、メールくれてたでしょ。それに…」
「今回は、なかなか来れなかったからね。何を言われても仕方ないと思ってる。でも今日は、今日だけはどうしても姫君に会わないとならなかったからね」
 ヒノエは申し訳なさそうな顔で笑った。
「今回の為に、今までの時間を費やした。何を言われても、姫君に嫌われても仕方ないと思ってる。それだけ、会いに来れなかったのは、事実だからね」
 俯いたままの望美の肩は、僅かに震えていた。
「俺の顔を見れない程、怒ってるって事か」
 ヒノエは困ったような顔をして、その場から立ち去ろうとした。
 だが、それは望美がヒノエの服の端を離さなかった為に、叶う事はなかった。
「違う、違うの。怒ってるんじゃないの。只、今日は絶対会えるって信じてたから。どんな事があっても今日だけは来てくれるって」
「望美…」



 今日は4月1日。エイプリルフール。ヒノエの誕生日。



 そして、望美の、誕生日。



 遙かな時空を超えて出逢った、この愛しの人の誕生日を聞いた時、望美は運命を感じた。愛しい人と同じ日に生まれた、この偶然。……いや、奇跡。
 だからこそ、今日だけは何をおいても、ヒノエは来てくれる。そう信じていた。
 ただ、普段は朝かお昼までには姿を見せてくれていたのが、今回に限って夕方近くまで来てくれなかった。



 それが少し不安になって…。



 連絡も無しに忘れずに突然会いに来てくれた事が、凄く嬉しくて。



 だからこそ、無意識のうちに涙が出ていたんだと思う。
「入って、ヒノエ君」
 望美は玄関で立ち尽くしている最愛の人を、部屋に招きいれた。



 家に入ると望美を部屋で待たせて、ヒノエは抱えていた荷物を持ってそのままキッチンに向かった。
 少し経つと、キッチンからいいにおいが立ち込めてきて、今晩の夕飯を作ってくれているのだとわかる。
 そしてあっという間に、部屋のテーブルには今晩の夕飯が二人分並べられていた。
「おいしーい」
 ヒノエが作ってくれた料理を食べた望美が、思わず言葉が出てきた。
「毎回思うけど、本当にヒノエ君って料理も上手だよね」
「当たり前だろ。姫君が喜んでもらえるなら、どんな事だってやってみせるさ」
 ヒノエは、にっこりと微笑んだ。

 食事が終わると、ヒノエは四角い箱をテーブルに置いた。中には有名なお店の小さめなホールケーキが一つ。以前、望美が一度でいいから食べてみたい、と言っていたケーキである。
「望美、Happy Birthday」
 ヒノエはそういうと、一緒に入っていた蝋燭を赤と青の蝋燭だけ1本ずつケーキに差すと、火をつけ電気を消した。
「蝋燭、2本だけ?」
「そう、2本だけ」
 普通は年の数だけ蝋燭を立てるのだが、ヒノエはたった2本だけしか立てなかった。
「どうして?」
「分からない?」
「うん。教えて、ヒノエ君」
 ヒノエはまず赤い蝋燭を指差した。
「こっちが望美」
 次に青い蝋燭を指差した。
「こっちが、俺。俺達の誕生日を祝うのに、蝋燭は2本もあれば充分さ」
 そう言うとヒノエは軽くウインクした。
「さ、消して、姫君」
 ヒノエに促されて、望美は蝋燭の火を吹き消した。



 但し、青い方の蝋燭だけ。



「もう片方は、ヒノエ君が消すんだよ」
 片方の蝋燭の火が消えて、少し薄暗くなった部屋で、望美はヒノエに蝋燭の火を消すように言った。
「姫君も手伝って」
 ヒノエはそれだけ言って笑った。
 望美はヒノエの希望の通り、向かい合って共に蝋燭の火を消した。
 火が消えて、部屋が真っ暗になった途端、望美はほんの一瞬、唇に柔らかな感触を感じた。だがその感触もすぐに消えてしまった。それが何だったのか望美に考える間も与えず、ヒノエは再度唇を重ねた。
 望美がようやく認識したと同時にヒノエは離れ、部屋の灯りを点けた。
 望美の顔が耳まで真っ赤になっているのをヒノエは確認すると、キッチンでケーキを切り分けて持ってきた。
 望美は一口ケーキを口にすると、思わず顔を綻ばせた。
「流石にTVや雑誌で紹介されるだけあるね」
「本当に姫君は、美味しそうに食べるね」
 ヒノエは、望美が食べている姿を見て、一言そう漏らした。
「うん、甘い物食べてる時って、本当幸せー」
 二口目に挑むべく、フォークでケーキを食べやすい大きさに切り分けた。
「ふーん。それは、ケーキと言えども、聞き捨てならないねえ」
 ヒノエは思わず身を乗り出した。
「ヒノエ君、食べ物に当たられても…」
「姫君を一番幸せに出来るのは、この俺だって、わかってる?」
 身を乗り出したヒノエは、そのまま望美の頬についていた生クリームをペロリとなめると、また席に着いた。その行為にまた望美は、顔を赤らめた。
「今回は長く会えなかったからね。こんなもんじゃ、まだまだ望美が足りないぜ。もっと俺をお前で満たしてくれるんだろう?」
 ヒノエは意地悪そうな顔で微笑んだ。



 二人の生誕の夜は、まだ始まったばかり───。



《終》

 
十六夜記ED後のヒノエ×望美です。望美の誕生日も頭領と同じという設定にして、二人一緒に祝っちまおう、と言う事で。もうヒノエには、望美ちゃんが笑顔を見せるもの全てに嫉妬していて欲しいですな。
 今回はこのような企画に参加出来て、とても楽しかったです。頭領の生誕を祝して、万歳三唱。