「タバコの匂いと苦い味」

 東方司令部のある一室へと続く廊下を、ハボックは何冊も積み重ねられた資料を持って歩いていた。
 幸い視界を遮る程の高さにはならなかったので、大変ではなかった。
 そう、視界に関しては、だ。
 重要機密な資料ばかりなので、1冊1冊がやけに分厚くて重い。
 しかも、その資料を必要としているのが自分ならば致し方ないかとも思うが、資料の中に錬金術に関する本が混ざっている時点で、明らかに別の人物、しかも錬金術師の為に集められた資料だと物語っている。
 そして、ハボックが向かう先に、その資料を必要としている者がいるのである。
 足元をふらつかせながら、ようやく目的地にたどり着くと、両手がふさがっている為に扉を開ける事が出来ない事に気付き、中にいる人物に開けてくれるように声をかけた。
 だが、何度声をかけても、扉が開かれるどころか、返事すら返ってこない。
 今日1日では終わらないなどと言っていたのだから、帰ってしまったという事はないだろう。
 他の資料を探しに書庫にでも行ったか、それとも気晴らしにどこかに出かけたのだろうか。
 後者であった場合、好意で探してきた自分に対して何も言わずに出かけたのだとしたら、文句の一つくらいいってやりたい気分だった。
 仕方なく、顎を使って資料を支えながら(勿論、咥えているタバコの灰を資料に落とさないように気をつけながら)どうにかして、部屋の扉を開けた。
「大将、いないのか?」
 扉を開けると、資料を必要としている人物、エドワードは部屋の中にいる事が解った。
 そして、扉を開けてくれなかった理由も、返事が返ってこなかった訳も、ハボックはすぐさま理解した。
 エドワードは、書類を積み上げた机から離れて、長いソファーに身を投げ出して眠っていた。
「せっかく言われた資料を持ってきたってのに」
 ハボックは大きな溜息を一つついた。
 だがハボックが入ってきた事で、眠りが浅くなったのか、エドワードは軽く寝返りを打った。
「大将、資料持ってきたぞ」
 さらに声をかけるが、覚醒に至るほどではないらしい。
 ふと、エドワードの鼻をつまんでみたりするが、嫌がるように顔を振るだけだった。
「仕方ないなあ、起きないんだったら…」
 ハボックは咥えていたタバコを簡易灰皿に捨てた。
 その頃には、だいぶエドワードの意識は覚醒してきていた。だが、まだそこにいるのが誰か、までは把握して無いらしい。
 はっきりとしない意識の中、エドワードはタバコの匂いを感じるとともに、唇に柔らかくそして温かい感触を感じた。その感触が思った以上に気持ちよくて、エドワードはその感触に浸っていた。
 だが、すぐに口の中に広がった苦さで、エドワードは思わず飛び起きた。
 あまりの突然さに、ハボックは一歩エドワードから離れた。
「あ、少尉…」
「おはようさん。お疲れの所悪いが、早く目を通しちまってくれよ。重要機密なもんばっかりだから、あまり長い事は置いとけないんでね」
 エドワードは今の事に突っ込む暇も与えてもらえず不満な様子だったが、頼み事をしておいて寝てしまった自分に対して何も言わず、向かいに腰掛け新しいタバコに火をつけ始めたハボックを見て、まあ、たまにはいいかな、と軽く微笑んだ。
                                    《終》

以前友達の鋼サイトさんにお礼に送った創作です。鋼創作はこれが初でしたなあ。