年越しの…

 もうすぐ年の瀬。
 ヒノエがこうして現代と熊野を行き来して幾度めかの年の瀬を迎える。望美も大学生になり、一人暮らしをしている。ヒノエが現代に来ると、宿の提供もしている。
 いつだったか、ヒノエが望美の部屋に寝泊りしていた時に、望美の親が訪ねた来た事があった。
 ヒノエとの付き合いは、親にはばれている。遠距離恋愛である事(ある意味、間違いではないが)、そしてその時のヒノエの紳士的な態度に親の態度を軟化させ、『節度ある付き合い』を約束させられた。
 そして、年の瀬にヒノエが現代にいるのは、実は初めての事だった。ヒノエは熊野別当。神職である。別当が新年に本宮を留守にしている事はまずい事なのではないだろうか、と思うのだが、今日のヒノエはそんなことにはお構い無しだった。

「ヒノエくん、この時期にここにいていいの?」
「ああ、今回は、ね」
 そう言って微笑むヒノエを見て、『あぁ、湛快さんが何か仕出かしたのかなー』と望美は苦笑いした。先代の湛快さんに押付けてきたのだろう。それでも別当本人がいないのは問題はある気もするが、まあ、その件に関しては手配して来ているのだろう。

 気がつくと、除夜の鐘の音が聞こえ始めた。もう後僅かな時間で今年も終わる。二人は年越し蕎麦を食べながら、除夜の鐘を聞いている。
 望美はふとヒノエのマグカップが空になっているのに気付くと、自分のも飲み干し空のマグカップを二つ手にすると、キッチンに向かった。
 ヒノエには珈琲を、自分には紅茶を淹れて戻る。食べているのは蕎麦なのだが、どうしても自分の好きなものを淹れてきてしまう。


「あ、お湯沸かしたてだから、気をつけてね。…熱っ」
 ヒノエに注意を促しておきつつ、自分が紅茶を飲もうとしたら、思っていたよりも熱かったようで、舌を火傷しそうになった。
「ふふっ、姫君。今、自分が言ったばかりだろ?」
 ヒノエは頬杖をつきながら、「どれ?」と望美の顔を見た。
 すると、望美はヒノエに見えるように舌をほんの少し出して見せた。
 確かに舌の先が少し赤くなっている。ただ、ほんの少しだったので、これなら少しヒリヒリする程度だろう。
「ところで姫君、いつまでそうやって舌を出してるんだい?」
「え?」
「そうやってると、これ以上悪化しないように消毒してやろうか」
 ヒノエは悪戯心満載の笑みで返した。
 こういう顔をしている時のヒノエが、この先何をしようとしているのかが分かっている望美は、慌てて舌を引っ込めた。だが、ヒノエはそのまま望美に顔を近づけてきた。
「だ、大丈夫だよ、ヒノエくん」
「本当に消毒しなくていいのかい? 姫君」
 その言葉にどんどん望美はヒノエから離れようとするが、悲しい事に望美は壁に近い側に座っていたことと、退路を塞ぐようにヒノエが近づいてきたことで、結局は壁際に追い詰められてしまった。
 望美は慌ててテーブルの上に手を伸ばした。それが幸いしたのか、手を伸ばした際にテレビのリモコンのスイッチに手が触れたようで、それがきっかけでテレビの電源が入り、年越しのカウントダウンを始めた番組の司会者の声が聞こえる。
「ほら、ヒノエくん。もうすぐ年を越すよ」
 慌てた望美がそう言っても、ヒノエはクスリと笑うだけだった。
「そうだね、望美」
 そう言いつつも、近づくのをやめないヒノエ。



『……3・2・1 Happy New Year!!』


 ヒノエの頭越しに聞こえたテレビの声が、年越しを報せる。
 だが、望美の耳にはそれを言葉として認識が出来なかった。


 結局は、近づいたヒノエにキスをされ、そのまま年を越した。


「どうだい、年をまたいでのキスの味は?」
 嬉しそうに聞くヒノエに、あまりのキスの激しさに朦朧としてしまって望美は返答が出来なかった。
「おや、随分とよかったみたいだね」
 ヒノエは満面の笑みを湛え、望美を抱きかかえると寝室に連れて行った。


 これから始まる甘い時間に、望美が意識を飛ばすのも、そう時間は掛からなかった。



《終》

年越しの話だったんですが、サイトにアップするのは年を越してしまいました。
冬コミの新刊が間に合わず、SP内で配るインフォメペーパーに載せた話をサイトUPしました。
その時に書いたのを、少し加筆修正させて戴きました。
この時期、ヒノエは大忙しなんだろうけど、何故現代にいられるのかは聞かないで下さい。


戻る