残暑が終わり、宮殿の中庭では、夜になるともう秋の虫が鳴き始める頃、宮廷内の台所では、柳宿が一人で何かを作っていた。
 柳宿がこうして厨房を借りて、一人で料理を作るのは、毎度の事になっているので、侍女達も、柳宿を止める事はしなくなっていた。
 いくら、止めようとしても聞くような柳宿ではないし、また、柳宿の指示通りに作ろうとしても、柳宿自身が途中でイラついて結局、自分でやってしまうのだ。
 結局は、止めようとしてもしてもしなくても、結果は同じなのでここ最近では、侍女も何も言う事は無くなった。
「結構単純作業なのね。これじゃ、誰かに手伝って貰った方が楽だったかも」
 先程も、手伝うと言ってくれた侍女の申し出を断ったばかりなのだ。簡単な物しか作らないからと。だが、思っていた以上に単純作業で、しかもある程度の数を作らなければならなかったので、結構面倒くさいといえば面倒だった。ただ、何個もお団子を作っているだけなのだから。
「何をしてるのかと思えば、お団子か、作っているのは」
 ふと気付くと、柳宿の横に星宿が立っていた。
「珍しいですわね、星宿様が厨房に来られるなんて」
「少し小腹が減ってな、休憩がてらにちょっと覗きに来てみたら、柳宿の姿が見えたのでな」
「それこそ、珍しいですね、星宿様。美朱なら解るんですけど」
 星宿の言葉を聞いて、柳宿は笑みを浮かべた。星宿もそれには、苦笑いで返したが、まさか、いつも政務中でも顔を出す柳宿の姿が今日に限って見えないので、気になって探していたとは、当の本人には言える筈も無かった。
「でも、そんなにたくさん作ってどうするんだ?」
 積み重ねれば山になる位の量を、柳宿は作っていた。
「美朱の世界では、秋の十五夜にお団子と薄を用意して、お月見をするんですって。丁度今夜がその十五夜にあたるんで、折角だからと思いまして」
「月見か…。風情があっていいものだな」
「夜までには出来上がりますので、星宿様はお仕事に戻って下さいね」
 そう言うと、柳宿はお団子の他にも何か作り始めた。どんな月見になるのか、楽しみだなと思いながら星宿は政務に戻ろうとした。
「あ、星宿様、ちょっと待って下さい」
 星宿を追いかけるようにして、柳宿は急いで厨房から出てきた。
「お渡ししたいものがあるんです。取ってきますから少し待って戴いて宜しいですか」
 そう言うと、柳宿は自分の部屋に一度戻った。
 しばらくして、パタパタと走ってくる音の後に、柳宿が何かを抱えて現れた。
「宜しかったら、今夜着て下さい」
 柳宿が手渡したのは、1着の浴衣だった。
「これも、美朱の世界のものか?」
「お祭りなどの時に着るそうなんですが、なかなかそういう機会もありませんし、折角ですから。どんなものか美朱に聞いて作ってみたんですが、何分裁縫などした事の無い美朱の話だけが頼りでしたから、正しく作れてるかは…」
「有難う。折角だから、着させてもらうよ。今夜が楽しみだな」
 星宿は微笑むと、浴衣を手にして政務に戻っていった。
 柳宿は星宿を見送ると、厨房に戻り今夜の月見の準備に戻った。


 そして、日が暮れ空には星が瞬き、肝心の満月にはうっすらと薄い雲がかかっているだけだった。星宿は政務が終わると、柳宿から貰った浴衣に袖を通した。いつ自分のサイズを調べたのだろう、浴衣は自分のサイズにピッタリだった。
「着てくださったんですね」
 柳宿は、昼間用意したお団子とさらにお菓子を持ってきた。そういう柳宿も浴衣姿だった。しかも、星宿と色違いの淡いピンク色の浴衣だった。
「サイズが違ったらどうしようと思ったんですけど、ピッタリでよかった」
 そう言って柳宿はホッと胸をなでおろした。星宿に内緒で浴衣を作ったはいいが、細かいサイズがわからなかった為、サイズが違ったらどうしようと、本人に渡した後もずっと落ち着かなかったのだ。まあ、浴衣など多少大きくても困らないので、思っていたよりも大きめに作っていたのだが、それがピッタリという事は思っていたサイズに作らなくてよかったのである。
 宮殿には外に面した所に、日本でいう縁側みたいなものがないので、2人は仕方なく中庭に移動した。丁度いい場所を見つけ、2人は腰をおろした。
「うっすらと雲がかかっていて風情ですね。星宿様」
「そうだな。これなら、美朱の世界の人たちも月見を楽しむのが理解できる」
「折角作ったんですから、召し上がって下さいな」
 そう言って柳宿は自作のお菓子を差し出した。さすがと言うべきだろう。彩り豊かで、視覚でも充分に楽しめる物になっている。
 星宿は、適当に一つつまんで口に運んだ。
「さすがだな。見た目には甘そうに見えるのだが、実際は甘さも控えていて、これなら私でも食が進む」
「そう言って戴けて、よかったですわ」
 毎度のように厨房を借りている時に、星宿の食が減っている事を、侍女のおしゃべりを小耳に挟んでいるので、知っていた。だからこそ、忙しい時でも簡単に食べれて、さらに栄養が多いものをと、毎回毎回柳宿は悪戦苦闘していた。だが、おいしそうに食べてくれる星宿の事を考えながらなので、これもまた楽しみの一つではあった。
「でもこれでは、『花より団子』になってしまいますわね」
「だが、これはこれで、よいではないか」

 こうして二人は、おいしい物を戴きながら、十五夜の月を堪能しましたとさ。
──終


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 十五夜ネタを書きたくて、何を書こうかと
悩んでいたんですが、やっぱりスタンダードに
月見団子に落ち着きました。
最初は、MOON WAVEの続きとして書こうと思ったのですが
普通に書いたほうがいいかなとも思い、こうなりました。