不恰好な想いの形
「──バレンタイン?」
 聞き慣れない言葉に頼久は、再度聞き直す。頼久があかねと共に現代にやってきて初めてのバレンタインデーが近づいている。街を彩る催し物に、頼久は一緒にいた天真と詩紋に尋ねた。
「2月14日は、女の子が好きな人に想いを告げる日なんです。想いを込めたチョコレートを相手に渡して」
「去年はあかねも、俺達に義理を渡すだけしかしなかったけどな」
「うん。今年は頼久さんに手作り渡すんだって、あかねちゃん、頑張ってるみたいだよね」
 今日はあかねは、天真の妹、蘭と一緒にバレンタインの買い物に行っている。なので、頼久は天真と詩紋と一緒にあかねとの待ち合わせまで、時間をつぶしていた。
「流石に今回ばかりは、僕が教えるわけにはいかないしね」
 お菓子作りが得意な詩紋が、苦笑いする。
「すっげー、まずかったりしてな」
 天真がふざけて笑う。だがその言葉に怒りを示した頼久の顔を見て、すぐにそっぽを向いた。頼久は、他の人の言葉でも、あかねを侮辱する言葉にすごく反応する。本人がいるいないに関わらず、だ。それだけ、あかねの事を大切に思っている、それは天真にも詩紋にも感じられた。
「駄目だよ、天真先輩。あかねちゃんも頑張ってるんだから、本人の前でそんな事言ったりしたら」
「ま、頼久もバレンタインがどんなものかは、わかっただろ。とりあえずは、楽しみにしとけよな」
 とりあえずは、バレンタインがどういうものかは、頼久も理解出来たようだった。そして、あかねが自分の為に何かをしてくれるのが、とても嬉しかった。



 そして、バレンタイン当日──

 今年は土曜日にあたり、あかねは午前中で学校が終わる。頼久も、昼で仕事が終わる。お互い終わる時間が同じくらいなので、終わった時間あたりに待ち合わせにしていた。
 頼久が、あかねに一度帰って着替えてきてからでは?と約束を決めた時にあかねに言ったが、あかねがどうしても早く会いたいからと、学校帰りのまま待ち合わせる事になった。
 あかねが待ち合わせ場所につくと、頼久はもうそこにいた。頼久はあかねが来た事にまだ気付かない様子だった。あかねがまだ現れないのに少し落ち着かないのか、視線だけが辺りを探していた。あかねは、その姿に気付き、わざと頼久の後ろに回る。気付かれるだろうな、と思いつつも、頼久の背後から急に抱きついた。
「頼久さん、お待たせ」
「み、み、神子殿──っ!!」
 頼久はたまに京にいた時の呼び方に戻る時がある。それも大抵、あかねが予想もしない事をして頼久を驚かせた時に多い。
「頼久さん、もう神子殿はないでしょ」
 その度にあかねは頼久に注意する。だが、今日はその間違いが少し嬉しかった。
「じゃあ、行きましょうか」
 そしてバレンタインデーのデートに突入する。途中、頼久はあかねの為に服を購入する事も忘れてはいなかった。


 一通りデートを楽しんで日が暮れる頃、頼久は急にソワソワし始めた。
 天真達から聞いた話だと、今日はバレンタイン。しかも、頼久の為に手作りチョコを用意している噂を、詩紋から聞いていた。なのに、もうすぐ一日が終わってしまう。もう後何時間もしないうちに帰る時間になってしまう。
 あかねといられる時間だけでも、頼久にとっては嬉しい事なのだが、今日がどういう日だかを知ってしまった以上、やはりそれが気になってしまう。
「頼久さん、どうかしたんですか?」
 どうやら頼久の異変にあかねも気付いたようだった。
「あ、い、いえ。なんでもありません」
「そう、何だかソワソワしてるような気がするんだけど?」
 まさか頼久も、あかねが待ち合わせてからずっと離さない紙袋の事が気になっていた、等と無粋な事も言えずにいた。
 そうこうしているうちに、ふとあかねが足を止めた。
「どうしたのですか、あかね?」
 あかねが見ていた方向に頼久が目を向けると、そこにはあまり広くない公園があった。そして、その公園の中央には噴水があった。
 あかねは公園の中に入り、噴水の所に行った。その公園には、ちょうどあかねと頼久のただ二人しかいなかった。
 そして、あかねの傍に頼久が来ると、今まで離さずに持っていた紙袋を頼久に渡した。
「天真くん達から聞いたんでしょ、今日がどういう日か」
「開けていいですか?」
「勿論。頼久さんの為に用意したんです」
 その言葉に頼久は嬉しくなり、すぐに紙袋を開けた。中には、有名店のチョコレートにカードが添えられていた。
 カードを取り出してみると、見慣れたあかねの字で、『頼久さんへ  大好きです。あかね』とだけ書かれていた。頼久はそのカードを見て、とても嬉しくなった。が、ふとある事に気付いて、固まってしまった。
 詩紋は言っていたのだ。手作りのチョコを用意している、と。
 頼久があかねに直接確かめた訳でもないので、本当の事かどうかわからない。
 少し悲しそうな顔をしている頼久に気付いて、あかねも悲しくなってきた。
「頼久さん、迷惑、でした?」
 あかねの悲しそうな言葉で、頼久は我に返った。理由はどうであれ、結果的に頼久は、愛しのあかねを悲しませる事になってしまったのだ。
「そんなことはありません。とても嬉しいです、あかね」
 慌てて弁解するが、ふと頼久は、あかねの鞄の中に入っている小さな包みに気がついた。
「そ、その包みは、な、何ですか、神子殿…」
 聞いてはいけない、そんな気もしたが、頼久は恐る恐るあかねに聞いてみた。あかねは頼久が小さな包みに気付いた事を知って、思わず顔を赤らめた。
「こ、これは、何でもないんです」
 その言葉に頼久は、「そう、ですか」と力なく言って、頭を垂れた。
「あ、あの、頼久さん。何か誤解してます?」
 あかねは落ち込んでいる頼久の姿を見て、困った顔をしてその原因となった包みを取り出した。そして、その包みを頼久に差し出した。
 あかねは顔を真っ赤にしながら、頼久の顔を見ずに、頼久が受け取るのを待った。頼久はその包みを受け取るとすぐに中を開けた。
 中に入っていたのは、形が不揃いな手作りのチョコだった。
「本当は、こっちを渡したかったんです。でも、渡せるだけの自信も勇気もなかったから…」
 頼久はその言葉を聞いて、チョコを一つつまむと、そのまま口へと運んだ。そのチョコは少し形こそは不恰好だったが、あかねの自分への想いがつまっていた。
「おいしいです、あかね。貴女の想いがちゃんと詰まっています」
 頼久は照れながら笑った。

 少し不恰好なチョコレート。でもそれは、今までに味わった事のない、とてもとても甘い愛の味でした。
終わり

 バレンタイン創作第2弾、頼久編でした
友雅編に比べ、こちらはちゃんと自分でチョコを味わってます
いろいろとどんなシチュエーションで渡そうかと悩んだりして、オチだけ決まっていた分ある意味難産だったかも
恋愛に不器用な頼久が表現出来ていればいいんですが。
頼久に関しては、ワンコな頼久がすきなんですが、微妙にワンコになりきれてないかな
なんか自分で書いてて、あかねちゃんが可愛くて仕方なかったです(^_^;)
戻る